婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 会場内には、到着したすぐの頃よりも人が増えている。
 本条グループの後継者という立場もあり、若手にもかかわらず凌也さんはひっきりなしに声をかけられている。

「よい奥様をもらいましたな」
「奥ゆかしい方ですね」

 中には媚びを売るような雰囲気の人もいたが、結婚して間もないこともあり、とにかく褒められてばかりだ。
 言われるたびに気恥ずかしくて、心地が悪い。

 さらには凌也さんが「私にはもったいないくらいの妻だ」なんて堂々と返すものだから、いたたまれなくなる。

 まだまだ自信が足りず社交的でない私が、この場で侮られないための牽制かもしれない。それは私自身を庇うと同時に、彼の立場を守ることにもつながる。

 話をした中には、娘だと妙齢の女性を連れた男性も多くいた。男性同士がにこやかに話す隣で、同年代の女性から敵意に満ちた視線を向けられることもある。

 それほど凌也さんの妻の座は、魅力的なものだったのだろう。どうして冴えない女が彼の隣にいるのかと、思われているかもしれない。そんな視線に怯みそうになる。

 けれど、お腹にぐっと力を込めて平静を装う。気づかないふりもした。

 繰り返し私でいいのかという不安が込み上げてくるものの、自分が彼の弱点になってはいけない。そう自身を奮い立たせていると、必ずと言っていいほど凌也さんがさりげなく動いて視線を遮ってくれた。

「凪、大丈夫か?」

「平気です」

 問題ないと答えているのに、凌也さんが心配そうに私の顔を覗き込む。

「すまない。嫌な視線を向けられるのは俺のせいだ。もしかしたら、中には身上書を送ってきた相手もいたかもしれない。受けるつもりもないからすべて一真に任せて、俺自身は確認もしていなかったんだ」

 凌也さんが多忙なことは、ここ数カ月一緒にいてわかっている。気のない話に煩わされたくないと思うのも当然だし、彼を支える一真さんだって心配しているところだろう。

「それだけ、凌也さんが魅力的だということです。私は大丈夫だから」

 眉を下げた彼に気にしないでほしい一心で口を突いた言葉は、思った以上に大胆で。自分で言っておきながら。恥ずかしくなって視線をきょろきょろと彷徨わせた。

 フッと小さく笑った凌也さんが、不意に私の肩を抱き寄せてくる。

「どうしようか」

 彼を不快にさせてしまったのではと、わずかに身を強張らせる。

 でも聞こえてきた声音はとにかく穏やかで、すぐに身を任せた。

「俺の妻はこんなに華奢なのに、意外と逞しい一面もあるらしい」

「ごめんなさい。はしたなかったですね」

「ぜんぜん。むしろ、惚れ直したよ」

 こめかみに軽く口づけられ、頭が真っ白になる。

 これも演技……で合っている?
 すぐに解放されたが、羞恥心に襲われて顔を上げられない。

「お、お手洗いに行ってきます」

「途中まで、ついて行こうか」

 首を左右に振る。

「大丈夫ですから」

 凌也さんと一緒にいては、ドキドキが止まらない。
 とにかく落ち着きたくて、心配する彼を説得してひとりで会場の外へ出た。
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