婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「なにその恰好。凪の癖に生意気よ」

「玲奈……」

 光沢のあるスモークブルーのドレスに身を包んだ玲奈の首もとを飾るネックレスは、ダイヤモンドだろうか。髪もメイクも隙がなく、母親似の美貌を際立たたせている。

 玲奈の肩書は、社長秘書だ。私が務めていた頃、同僚らは彼女の仕事ぶりを『社長の娘だから……』と言葉を濁していた。こういう華やかな場には進んで出席していたようだが、社内での評判はいいとは言えなかった。
 彼女の装いは、父を立てるという雰囲気ではない。なんとなく、社員らの愚痴の真意が察せられた。

「人の名前を、気安く呼ばないでくれる」

「ごめんなさい」

 もう数カ月も顔を合わせていないというのに、条件反射のように謝罪が口を突いて出た。指先は震え、今すぐ立ち去ってしまいたくなる。

「鏑木さんとの婚約を勝手に破棄して、家に不利益を被ったと思えば」

 そう言って彼女は、あらためて足先から頭の先まで私をねめつけた。

「噂で誰かに拾われたって聞いたけど……卑しい凪のこと。どこかのじいさんの愛人にでもなっているかと思ったわ。それが、ずいぶん贅沢をしているみたいね」

 気に入らないと、鋭く睨みつけてくる視線が怖い。

「その宝石も、イミテーションじゃないようだし。身の丈に合わないものをつけて、恥ずかしくないの? まさか、凪のくせに似合ってるとでも?」

 あざ笑う玲奈だが、その瞳はまったく笑ってない。憎しみや憎悪の感情が大きく膨らんでいるのがわかる。

「まったく似合わないから、今すぐ外しなさいよ」

 一歩近づかれて、慌てて後ろに下がる。

「こ、これは凌也さんが贈ってくれたものだから、外せません」

 ここで怖気づいていてはダメだと、なけなしの勇気を振り絞った。

「はあ。私に口答えするの?」

「私はもう、実川家を出た身です」

「勝手をしておいて、そんな言い分が通用するわけがないじゃない。それに、凌也って……噂に聞いたときはまさかと思ったけど、本条凌也に匿われているっていうの?」

「彼は、私の夫です」

 玲奈の綺麗な顔が、不快にますます歪む。

「なんですって……」

 玲奈も義母も、私が着飾ったり贅沢をしたりすることをよしとしなかった。
 鏑木さんとの婚約は、彼のよくない噂を知っていたから積極的に進められたのだろう。

 それが大企業の後継ぎである凌也さんともなれば、許しがたいものがあるのだと容易に想像できる。
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