婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 玲奈を刺激しない方がいい。
 けれど凌也さんの足を引っぱらないためにも、言いなりになるわけにはいかない。

「本当に嫌な女ね。真面目だけが取り柄の根暗なくせに、仕事ができるなんて評価されて。人付き合いが苦手でボッチ。時間だけはあるんだし、それで仕事すらできなかったら凪なんて生きてる意味ないじゃない」

 凌也さんとの関係が相当気に食わなかったようで、言葉の限り貶される。あまりの言われように、すぐに反応できないでいた。

「社内では有望株の市川(いちかわ)さんが、凪に告白しようかなんて同僚に話していたし。どうして、あんたなんかが……」

 おそらく、営業課の市川さんのことだろう。明るく気さくな男性で、私に対しても分け隔てなく接してくれた。

「なにかの、間違いじゃあ……」

「事務の実川って言ったら、あんたしかいないじゃない」

 そんなの、私はまったく気づいていなかった。苛立ちを私に向けられても困る。

「凪みたいな卑しい女が、本条の社長と結婚なんて許されるわけがないじゃない」

「それは……」

「今すぐ別れなさいよ。それで鏑木さんに頭を下げることね。あんたが嫁がなきゃ、私に話が回ってきかねないし。女にだらしない男なんて、お断りよ」

 自分が受け入れられない結婚も、私になら押し付けてもかまわない。そう言い放つ玲奈に、悪びれる様子は微塵もない。

 凌也さんと結婚するまでの私にとってこういう扱いが当たりまえで、当然のように従っていた。
 我慢していれば、すべてが上手くいく。手をあげられることもなく、多少罵られるくらいで済むのならそれでよかった。

 でも、今は違う。

 私の言動が凌也さんの立場に与える影響を考えたら、怖くても玲奈の言いなりになるわけにはいかない。
 これ以上、玲奈に好き勝手言わせてはだめだ。今のところ人影はないが、誰かに聞かれでもしたら凌也さんに迷惑がかかってしまう。

「お話がそれだけでしたら、私はこれで」

「なによ、その気取った態度は。待ちなさいよ、凪」

 早々に切り上げようとしたが、許してはくれない。

「あなたも、父と挨拶まわりをしなきゃいけないでしょ?」

 声が震えないように、口早に言い切る。

「長く居すぎたから、もう戻らないと」

「あんたに指図されるいわれはないわ。それよりも、まずはその似合わないネックレスを外しなさいよ」

 腕を伸ばしてくる玲奈を、とっさに避ける。

「私に逆らって、いいと思ってるの?」

「凌也さんが待っているので、私はこれで」

 玲奈の脇をできるだけ距離をとってすり抜けようとしたが、がっちりと腕を掴まれてしまう。

「痛っ」

 わざと力任せに握っているのだろう。彼女の爪は私の肌に食い込み、鋭い痛みに顔がゆがむ。
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