婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
「りょ、凌也さん」

 これ以上、玲奈に口を開かせてはいけない。
 私のことならともかく、凌也さんにも悪意をぶつけかねない様子に慌てて割って入った。けれど凌也さんは、大丈夫だというように私をなだめてくる。この場にそぐわない穏やかな表情をしながら、私の髪をなでた。

「愛する妻をいわれのないことで愚弄されて、黙っている夫はいないよ、凪」

「あ、愛する……」

 演技だって、わかっている。
 玲奈も見ているというのに、頬が熱くなるのを止められない。

 打って変わって、凌也さんは冷ややかな視線を玲奈に向けた。
 そんな彼を、玲奈も睨み返している。

「玲奈、失礼よ」

「うるさいわね、凪。失礼なのはこの男の方でしょ」

 すっかり凌也さんを敵認定したようで、ひどい言いようだ。彼が同業者で格上の存在だと、父の秘書を務める彼女ならわかっているだろうに。

「本条グループの後継者ともあろう男が、陰気な凪を妻に選ぶなんて見る目がないのね」

「凪の魅力がわからないとは……ああ、彼女のよさは俺だけが知っていればいい」

 そう言いながら肩を抱き寄せられる。
 怒りを大きくする玲奈とは対照的に、凌也さんの私への甘さが増していく。

 まるで私たちの仲を見せつけるかのようで、ハラハラしながら彼の腕を掴んだ。その手を、玲奈が一瞥する。

「本条凌也といえばやり手の社長だと聞いていたけど、とんだ思い違いね。こんな女を贔屓にしているなんて」

「俺のことはなんと言ってもかまわないが、妻を悪く言うのは許さない」

「そんな女を選んだなんて、せいぜい後悔することね」

 ふんっと鼻を鳴らした玲奈は、悔しそうに私を睨んでこの場を去っていった。

「大丈夫か、凪?」

 眉を下げた凌也さんが、心配そうに私の顔を覗き込む。

「は、はい」

 他人の前で〝愛する〟なんて言われた上に、抱き寄せられていた。玲奈がいなくなって安堵したせいか、今になって恥ずかしくなってくる。

「なかなか戻らないから心配していた。様子を見に来て正解だったな」

 そう言いながら彼は、玲奈の去っていった方へ視線を向けた。

「玲奈が失礼なことばかり言って、ごめんなさい」

「凪のせいではないだろ」

「でも……」

 格上の相手だとわかっていながら、玲奈の物言いはあまりにひどかった。

「もう凪とは関係のない人間のことで悩む必要はない」

 私といては、凌也さんだってこの先も玲奈たちに絡まれる機会があるかもしれない。彼はものともしないだろうけれど、他人の目のある場で今日のようなことをされては凌也さんの評判を傷つけかねない。

 不安な表情を隠せないまま、私が隣にいていいのかと凌也さんを見上げる。すると彼は、心配するなとでもいうように私に微笑みかけた。

「挨拶はもう済んだし、帰ろう」

「……はい」

 差し出された手に自身の手を重ね、彼に庇われるようにしながら歩きだした。
< 70 / 107 >

この作品をシェア

pagetop