婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 帰宅をしてリビングのソファーに落ち着くと、少しだけほっとした。

「お疲れ、凪」

 差し出されたカップを受け取る。

「ありがとう」

 ドリンクを用意しようとした私を制して、凌也さんが自らコーヒーを淹れてくれた。
 ひと口含み、ほのかな甘みに頬が緩む。

「美味しい」

 それから、いつもはブラックなのにと彼へ視線を向けた。

「そうか、よかった」

 体力的にだけでなく、精神的にも疲れている私への配慮だろう。そのさりげない優しさが、玲奈に会ってささくれだった心を癒してくれる。

 ふと、彼が玲奈に〝愛する妻〟だと言ってくれたことを思い出し、途端に恥ずかしくなってきた。

「そ、その、凌也さん。さっきは玲奈が失礼な態度をとってしまい、ごめんなさい」

「凪が謝る必要はない」

「でも……」

 今夜のやりとりは、おそらく目撃されていなかったとおもう。

 けれど、これからもあんなふうに絡まれたらたまらない。本当に私が妻でいいのかと、不安が膨らむ一方だ。

「それにしても、『私は彼を愛しているんです』なんて、凪が堂々と言い放つ姿はぐっとくるものがあった」

「聞いていたんですか!?」


「盗み聞きじゃないぞ。駆けつけたときに、たまたま聞こえただけだ」

 玲奈に対抗するために口走った言葉だけれど、凌也さんに伝えられないだけであれは私の本心だ。
 羞恥心に襲われて、視線が揺れる。

「わ、私は凌也さんには迷惑をかけてばかりだし、今日のことだって――」

「迷惑をかけられたなんて、一度も思ったことはないな」

 私を遮ってきっぱりと言う凌也さんに、そんなはずはないと小さく首を横に振る。
 玲奈と再会して、すぐに謝罪の言葉を口にしてしまったくらい私はまだまだ弱い。

 仕事関係の人との挨拶は笑みを浮かべて応じるくらいはできていたかもしれないが、凌也さんのプラスになるほどの働きにはなっていない。あの場にいた、堂々と振る舞う同年代の女性たちのようにはいかなかった。

「私はまったく凌也さんの力になれていないのに、あ、愛する妻だなんて庇ってもらえて」

 あのひと言が、玲奈をさらに刺激しただろう。

 でもいつだって邪魔者扱いされてきた私は、あの場の状況も忘れて凌也さんの言葉に舞い上がりそうになっていた。
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