婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 知らない人の言葉に、簡単になびいてはいけない。そう頭の中で警鐘が鳴り響いている。

 けれど、こんなふうに私に手を差し出してくれたのは、幼少期からの親友の美琴(みこと)しかいなかった。だから、心が簡単に傾いていく。

 もう、疲れてしまった。

 この人に話したところで、なにかが変わる保証はない。
 でも、彰さんには愛想を尽かされてしまったのだ。これ以上悪くはなりようがないのだろう。

「今だけは、俺を信じてみないか?」

 騙されたっていい。彼の言葉は、そう私の背中を押してくれた。

「……私は、父の前妻の子どもです」

 迷った後、静かに口を開く。

 母と父はお見合い結婚で、お互いに想い合う関係ではなかったという。
 そんな中で、父はほかの女性と出会って惹かれ合うようになった。それが母の死後に嫁いできた義母だ。

「義母はずっと、母を疎ましく思っていたはずです。母さえいなければすぐに父と結婚できたのにと、私に何度もぶつけてきました」

『あんたたち母娘がいなければ』と、幼い私を折檻しながら何度も言っていた。その恐怖は今でも夢で見るほどで、あの人に逆らってはいけないと身にしみついている。

 憎い女の子どもである私の扱いがどんなものか、今の説明だけでも想像に易いだろう。本条さんは心配そうに私を見てきた。

「父は昔から、私に関心がありません。当然、私を庇うことなかったです。義妹も両親を見て育ったので、気に食わないことがあると母親と一緒になって……」

 そんな環境にずっといたせいか、すべてを諦めるばかりの日々だった。期待をすれば、後に自分が傷つくだけだと知っていたから。

 唯一の親友の美琴だけは、次第に暗い顔をする私に気づいていた。
 彰さんと婚約が決まったときも、彼女は逃げだせばいいと私の腕を引いてくれた。

 でも私を諭したのがばれたら、美琴にも迷惑をかけるかもしれない。彼女の言葉を心からうれしく思いつつ、結局は恐怖から両親に従ってしまった。

「……辛かったな」

 本条さんが発したそのひと言に、こらえていた涙が溢れ出す。

「わ、私の言い分を、すべて信じると?」

「ああ。これまで見聞きしてきたことと併せて考えれば、君の話に嘘はないだろうとわかる」

 無条件の肯定に、胸に温かな感情が込み上げてくる。

「ひとりで、よく耐えてきた」
 
 ところどころ言葉に詰まり、まとまりのない話だっただろう。
 でも彼は最後まで聞いて、こうして労わる言葉をかけてくれた。

 頬を伝う涙を指で拭こうとすると、それより先に彼がハンカチを差し出してくれる。
 大丈夫だと断るべきだろうけれど、その気遣いに絆されて素直に受け取った。
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