婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 凌也さんと身も心も結ばれてから、しばらく経った平日の昼下がり。食材の買い出しに、徒歩で出かける。近くの店舗からクリスマスソングが聞こえて、思わず鼻歌を歌っていた。

 クリスマス当日の夜は、凌也さんからディナーに誘われている。平日だから無理はしないでほしいが、『俺が凪と一緒に過ごしたいんだ』と言われてうれしくないはずがない。

 道中にある旅行代理店に思いつきで立ち寄ると、店頭に並ぶラックに海外ウエディングのパンフレットを見つけた。
 表紙をさっと見ただけで、どんなシチュエーションでウエディングフォトを撮ってもらおうかと想像が膨らむ。

 二種類のパンフレットを手にして、再び外を歩き始める。知らず口角が上がり、足取りはますます軽くなった。

「凪」

 けれど、浮かれた気持ちは背後から私を呼び止める声に瞬時に霧散した。
 ギクリと体を強張らせて、渋々足を止めた。

 振り返るのを躊躇する。ショルダーバッグのストラップを強く握った指先は、わずかに震えていた。

 このままでいるわけにはいかず、覚悟を決めてそろりと背後に向き直る。

 視線の先にいたのは、思った通り玲奈だ。
 目が合うと、彼女はずかずかと距離を詰めてきた。

 それから私が手にしていたパンフレットを一瞥して、いかにも気に入らないというように目を吊り上げる。

「なにそれ。あの男と行く気?」

 乱雑な口調に、ビクッとする。
 あの男とは、もちろん凌也さんのことだろう。少し前にふたりは初めて顔を合わせたが、ふたりの仲は最悪だった。
 慌てて見えないように丸めたが、今さらもう遅い。

 この場には、通行人がそれなりにいる。こんな街中で玲奈に好き勝手言わせたくない。騒ぎになれば、凌也さんに迷惑をかけてしまう。
 密かに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出して心を落ち着かせる。

「玲奈。私のことは、もう放っておいてほしいの」

 勝手をして、実家に迷惑をかけたかもしれない。
 けれど凌也さんと暮らすようになって、自分を犠牲にしてまで家族の言いなりになる必要はないのだとようやく気づいた。

 育ててもらった……という思いはあまりないけれど、金銭的に不自由なく過ごさせてもらったのは事実。でもそれはこれまでの生活の中で家事を請け負ったり、給料からいくらかの生活費を渡したり返せているはず。

 それにもかかわらず、なにか気に入らないことがあると心ない言葉をぶつけられ、ときには手をあげられてきた。
 今思えばあまりにも理不尽で、あの異常な暮らしに戻るつもりはもうない。
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