婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 迷う私に、玲奈が一歩近づく。

「知りたくないの?」

 なにか、企んでいるのだろうか。

 会社の規模でいえば、本条と実川とでは雲泥の差がある。
 でも父はなにかと顔の広い人だから、力関係だけで判断できない。

 おまけに私は、鏑木さんとの婚約をことわりもなく解消してしまった。凌也さんと結婚したのだって、父に直接報告していない。
それで気を悪くしているのは想像できるし、実際に玲奈はこんなにも敵意を向けてくる。

 気は進まない。
 以前のように、再び実家に縛られるかもしれないと怖くなる。
 それでもやっぱり放置はできなくて、渋々スマホを取り出した。

「遅いのよ」

 苛立ちを隠さない玲奈に、指先が震えてしまう。
 促されるまま連絡先を表示すると、玲奈はさっさと操作を済ませた。

「凪。あんたみたいな女が幸せになるなんて、絶対に許さないから」

 連絡は受け取っても、会わなければいい。密かにそう考えていたが、これまで以上の敵意を向けられて呆然とする。

「私と会ったことは、あの男に黙っておくのよ」

 そう言い残して、玲奈は去っていった。

 義母が私を疎むのは、母がいたせいで自分が父の妻になれなかったからだ。しばらく愛人という不名誉な立場に置かれた恨みを、彼女はすべて母に向けていた。
 そうして嫁いできてからは、母の産んだ子である私も敵視した。

 加えて、父は私に無関心だ。おそらく義母と同じように、母と私がいるせいで……という気持ちもあったのだろう。その証拠に、あの人は玲奈のことは可愛がっている。

 私を虐げるふたりを見て育った玲奈が、同じような言動をするのも当然だ。

「どうして放っておいてくれないの?」

 たしかに私はお荷物だったかもしれないけれど、彼らに逆らった覚えは一度もない。言われるまま家事を請け負い、就職先も従った。

 その時点で、親友の美琴からは家を出るようにアドバイスをされていた。
 しかし、『ここまで育ててやった分を返せ』と、給料の半分以上を求められたら、とてもひとり暮らしはできない。

 それに、逆らえばどんな目に遭わされるかわからない。職場だって、父の権限で辞めされられるかもしれない。そんな不安に、行動に移す気力は湧かなかった。

 それでも、もう十分に恩は返せたと思ってはいけないのだろうか。
 気に入らないというのなら、私に近づかないでほしい。

 クリスマスだ、結婚式だと浮ついた気持ちは、もう微塵も残っていない。賑やかな街に目もくれず、うつむきがちにその場を後にした。


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