婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 翌日になり、一真と三峰の担当者と共に出発した。

 病院内は信用できないという先方の意向に従って、話をするのは指定されたカフェだ。ふたりは病院へ向かわせ、店には俺ひとりで赴いた。

 到着して案内された個室には、副院長はすでに待っていた。

「本条さん、すみません」

 謝罪を口にし、首を垂れる姿は疲労感がにじみ出ている。
 彼は三峰院長とは違い、医師としても働いている。それもあり、常々『院長にはもっと現場を知ってほしい』と嘆いていた。若手医師の離職回避にも努めていた彼にとって、梶原医師の赴任は救世主の到来も等しかったはず。

「まず梶原先生ですが、先ほど代理人を務める弁護士と連絡が取れました。彼が本条さんとの癒着を追及されたのが、私が出張に出ている間のことだったので対応が遅れてしまったんです」

 梶原医師は院長から癒着の罪をでっち上げられ、その場で病院を追い出されたという。彼がその対応をよしとするはずがなく、今は護士と対策を練っているところだという。

「癒着など微塵の疑いもないことは、私も承知しています。本条さんにもご迷惑をかけてしまい、すみません」

 そう言って、副院長は再び頭を下げた。

 彼の話を要約すると、院長はもともと本条との契約に反対していた。そのわりに、理由が明確ではない。
 梶原医師は確かな技術や前例を示すことで、まずは現場で働いていた医師らを仲間に取り込んでいった。その上で、経営陣の曖昧な態度を突いた。

 もちろん副院長も、それに全面的に協力している。最終的に寝返り組が出たことで、彼らは医療AIの導入を勝ち取った。

「院長はずっと不満そうにしていました。ふた言目には『実川を蔑ろにするな』と。あの人は、実川メディカルの擁護ばかりで……ああ、すみません。実川は、本条さんの奥様のご実家でしたよね」

「いいえ、かまいません。彼女は自分を虐げる実家から逃れるようにして、私のもとへ嫁いできてくれたんです」

 詳しく話さなくとも、それだけで大体の内情を察したようだ。地元では、実川家の事情が噂として知られているらしい。

「しかし、実川を贔屓にしていた院長が、あなたが不在の間に行動を起こしたということは……」

「長年、父は実川社長と懇意にしてきました。さらに政治家の鏑木さんとも。ああ、先代のです。代替わりしてすぐはわかりませんが、最近は後を継いだ鏑木彰さんとの付き合いもあるみたいです」

< 88 / 107 >

この作品をシェア

pagetop