婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 それから、着がえを済ませた凌也さんと並んでソファーに座る。

 彼に私を責めるような雰囲気はなく、ひたすら心配そうな顔をしている。
 凌也さんの気持ちを確かめるようで後ろめたいが、彼がまだ私を気遣ってくれていることに密かに安堵した。

 自分が臆病になっている自覚はあるし、彼の隣にいていいのかと今でも迷い続けている。

「凪、なにがあったのか俺に話してくれないか?」

 わずかに考えた後、ゆっくりとうなずいた。

「実は、少し前に街中で玲奈に遭遇して……」

 玲奈の名前を出した途端に、凌也さんの表情が歪んだ。
 拒みきれなくて連絡先を教えてしまい、そこからメッセージが届くようになったと打ち明ける。

「なにを言われたんだ?」

「それは……」

 私が言いよどんでも、彼は急かさない。背中に手を添え、励ましながら待ち続けてくれる。

「私への恨みを晴らすように、凌也さんの会社に迷惑をかけてやるって。鏑木さんも一緒になって。だから私、凌也さんと……」

 言いかけた言葉に、じわりと涙が滲む。

「別れるつもりだったと?」

 言葉を詰まらせた私の代わりに、凌也さんが代弁した。その声音に、咎めるような雰囲気は感じない。

 うつむいて、小さくうなずく。

「……はあ」

 それからしばらくして、凌也さんが大きく息を吐き出した。

「俺が凪を手放せるわけないだろ?」

「え?」

 思わず顔を上げると、目が合った彼が困ったように眉尻を下げた。

「実川から、微々たる圧力をかけられているのは事実だ」

「び、微々たる?」

 怪訝な顔をする私に、凌也さんは「ああ」ときっぱりうなずいた。

「だって、鏑木さんまでいっしょになってやってるって」

 若いとはいえ、お父様の地盤を引き継いでいるのだ。その人脈は、侮れないと思う。
 彼が悪評を流せば、凌也さん個人だけでなく会社の信用問題に発展しかねない。それなのに、〝微々たる〟と言いきっていいのか。

「凪が心配しているようなことにはならないから安心しろ。本条テクノロジーズは、そんなことで揺らぐような半端な仕事はしていない」

 きっぱりと告げた彼の表情は、私に対する甘さは浮かんでいない。社長としての顔を見せる凌也さんに、大丈夫なのかもしれないと緊張が解けていく。

 ふっと表情を緩めた凌也さんが、私を腕の中に囲う。きっと、私を安心させようとしているのだろう。
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