婚約者に「いらない」と言われた私が、愛され妻を演じることになりました
 凌也さんが顔を動かしたのにつられて視線を向けると、鏑木さんが入ってくるのが見えた。タイミングを同じくして、三峰の院長もやってくる。

「そろったな」

「ええ」

 一真さんたちとのやりとりを間近に聞きながら、いよいよかと私も身構えた。

 私たちが到着してからたまに好奇心を隠さない視線を感じていたが、もしかしたら凌也さんの悪評を耳にしていたからだろうか。鏑木さんを目にしてようやく思い至ったが、当の本人の凌也さんはいつも通り堂々としている。こういう雰囲気が、あの悪評は本当なのかと疑問を抱かせるのかもしれない。

 下を向かないよう、背筋を伸ばす。凌也さんの腕に添えていた手に、つい力がこもった。すると彼は、視線は前を見すえたまま、空いていた方の手を私の手に重ねた。
 たったそれだけのことで、大丈夫だと思えてしまうから不思議だ。

 ここで私が足を引っぱるわけにはいかないと、気を引き締め直す。
 しばらくは、父らと接触がないまま過ごしていた。その間は、声をかけてきた出席者と挨拶を交わす。
 私たちは結婚式をまだ挙げていないから、凌也さんが結婚したことを知らない人も多い。相手の反応は様々で、中には私が実川の娘だと知って訳知り顔をする人もいた。
 おそらく、実川の長女は社交の場に出せないほど問題があるという、玲奈たちが流した噂のせいだろう。

『実際に見聞きせずに、噂を信じ込んだり広めたりするような人間は信頼に値しない』

 前に凌也さんはそう言いきっていた。だから気にするなと。
 嫌味な視線も探るような雰囲気も、軽く流しておく。こちらが反応を見せないからか、相手はすぐに興味を失っていった。

「おや、本条社長じゃないですか」

 背後から声をかけてきたのは、三峰記念病院の院長だ。ニヤリと嫌な笑みを浮かべた彼の後ろには、父も控えている。その隣に立つ玲奈とそろって、私を鋭く睨みつけてきた。

「いいんですかな? こんなこところで油を売っていて。あなたには不正の疑いがかかっているはずでは?」

 不穏な空気を察したのか、近くに居合わせた人たちの視線がこちら向く。
 わざわざ同業者の集まるこの場でその話を持ち出したのは、注目を集めて本条の悪評をさらに広めようと考えてのことか。
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