棘ある花も愛されたい
足場の悪い雪道を歩き、わたしの住むアパートに到着すると、禅さんは2階の扉前までわたしを送ってくれた。
そしてわたしは自分の家の鍵を解錠させたところで、禅さんの方を向いた。
「送ってくれて、ありがとうございます。これからまだ仕事があるのに。」
「ううん、俺が送りたかっただけだから。」
「···それじゃあ、また。」
わたしがそう言うと、禅さんは「あ、ちょっと待って!」と言い、自分のコートのポケットに手を入れた。
そして、握り締められた状態でポケットから出て来た禅さんの右手は、ゆっくりとわたしの目の前までやって来た。
「えっ?」
わたしが禅さんのその行動に首を傾げると、禅さんは「紗和ちゃん、手出して?」と言う。
その言葉にわたしが両手を揃えて出すと、禅さんは左手をわたしの手の下に添え、握り締めている右手をわたしの手の上に乗せた。
「これ、持ってて。」
そう言って、禅さんは何かをわたしの手のひらに乗せ、それをわたしに握り締めさせる。
それは、冷たくて固いもの。
わたしは、禅さんが手を離したタイミングで自分の手のひらに乗せられた物に視線を落とした。
「えっ、これ······」
わたしはそう言って、目を見開き禅さんを見る。
わたしの手のひらに乗せられていたのは、一つの鍵だった。
「それ、俺んちの鍵。紗和ちゃん、持っててよ。」
「えっ?!でも···」
「いつでも来ていいって事だから。紗和ちゃんの居場所なんだから、鍵を持ってないのはおかしいでしょ?」
突然の事に驚くわたしだったが、実際に鍵を手にして、先程禅さんに言われた言葉を思い出す。
―――紗和ちゃんの居場所だと、思ってくれてもいいよ?
嘘だと思っていたわけではないが、ここまで本気で思ってくれていたなんて···―――
わたしは自分の手のひらに乗る鍵を見つめると、再び禅さんに視線を戻した。
「本当にいいんですか?」
「うん、もちろん!」
「···じゃあ、また、ご飯作りに行ってもいいですか?」
鍵をギュッと握り締めながら、わたしがそう言うと、禅さんは「良いに決まってるじゃん!」と言って、優しく微笑んだ。
「でも、ご飯作りの為に来るんじゃなくて···、紗和ちゃんが安心する為に来てほしい。来るのに、理由なんていらないからさ···いつでも来てよ。」
―――来るのに、理由なんていらない···
わたしは、何かを理由にして禅さんの家に行こうと思っていた。
それが、理由がいらないだなんて···―――
わたしは禅さんの言葉が嬉しくて、握り締めた鍵を胸に抱きながら、頬を緩めた。
「はい···、ありがとうございます。」
それから禅さんは、「じゃあ、またね。おやすみ!」と言い、手を振って帰って行った。
わたしは禅さんのその姿が見えなくなるまでその場で見送り、自分の"居場所"が出来た嬉しさから、ずっと鍵を握り締めていた。