傷ついた王子は森の魔女に癒される
 そう願った瞬間、炎が消え去った。
 空になったガラス玉が地面に転がる。
 そこから視線を持ち上げて、目の前に座り込むリリアナを見る。
 リリアナもまた、顔を拭う動きを止めて視線を返してきた。


「リリアナ。僕は……、……?」


 じっと見上げてきている――リリアナ(・・・・)が、僕のことを。


 なにも忘れていない。
 これまでに何度か起きた、頭の混乱や幻聴もない。
 ――どういうことだ? 炎が消えたら薬の効果が発動するのではなかったのか? 炎が消えた直後ではなかったのか?
 これからずっと、いつ記憶が消えるかもしれない恐怖と戦いながら過ごせということなのか?

 予想外の状況に困惑していると、風に掻き消えそうなほどの小声が聞こえてきた。

「……ファリエルさん」

 アクアブルーの瞳を見る。リリアナの顔はどきっとするほどに赤く染まっていた。さっきまでの悲愴な表情は消え、どことなく恥じらいをにじませているようにも見える。

 リリアナが、数回小さく口を開いたり閉じたりしたあと――ぽつりと言った。

「記憶、消えてない……ですよね」
「あ、ああ。そのようだが。これは一体……?」
「さっき私、ファリエルさんの手を握ったときに感知したんです、コーデリアさんの薬の効能を」
「効能? 記憶が消える効果ではないのか?」

 リリアナがやんわりと首を振る。乱れ髪が赤い頬に掛かる。
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