傷ついた王子は森の魔女に癒される
 それ以上思い出すことを、心が即座に拒んでしまう。
 魔女と出会った事実が頭をよぎるだけで、牢屋で味わった痛みと屈辱がよみがえる。

 動揺をリリアナに気づかれないように息を噛み殺す。
 目だけを逸らし、すがるように壁を見つめる。


 速くなった鼓動が耳の中に響く。
 深呼吸を繰り返し、どうにか落ち着きを取り戻す。

 すると今度は、別の問題が目の前に迫っていた。


 ――近い。リリアナの顔が、あまりにも近すぎる。
 覆い被さってくるような姿勢のせいで、今にもバランスを崩して倒れ込んできそうだ。
 拭くことに集中しているのだろうか。お互いの顔がぶつかりそうなことに気づく様子はない。

 意を決して呼びかける。

「リリアナ、ちょっと……」
「あっすみません、痛かったですか?」
「いや、そういうわけではないのだが。これ以上近づかれると……」
「え?」

 動きを止めたリリアナが、ぱっと目を開いた。
 至近距離で視線がぶつかる。
 リリアナの顔は、ほとんど鼻先が触れるか触れないかくらいの近さまで迫ってきていた。

「――きゃああっ!」

 弾かれたようにリリアナが飛びのく。そのままバランスを崩し、床に尻もちをつく。
 人はここまで赤くなれるものなのか――と思うほどに、その顔は真っ赤になっていた。
 どたばたと身体を起こしたリリアナが、背筋を伸ばして肩をすくめる。

「すっすみません気づかなくて!」
「いや、僕の方こそ、ぼうっとしていてすまない」

 心臓がうるさい。リリアナの照れが移ったかのように、耳に熱を感じる。

 王子として生きてきたこれまでは、他人がすぐそばにいるのは当たり前だった。
 でも今は――顔がぶつかる直前の、間近で見たアクアブルーの瞳が目に焼きついて離れない。
< 13 / 41 >

この作品をシェア

pagetop