キスしない約束の恋

第10話 はじめての時間

「文化祭の準備、今日からだからなー」

 

 担任の声が教室に響く。

 

 ざわっと空気が明るくなる。

 

 

「何やる?」

「模擬店?」

「絶対楽しそう!」

 

 

 周りが盛り上がる中。

 

 

 私は、ひとり静かに座っていた。

 

 

 こういうのは、苦手。

 

 目立つし。

 

 関わらないといけないし。

 

 

「シロ」

 

 

 名前を呼ばれる。

 

 

 顔を上げると。

 

 

 神崎くん。

 

 

「お前、何やる」

 

 

「……決めてません」

 

 

「じゃあ一緒でいい」

 

 

「……え」

 

 

「俺、装飾やるから」

 

 

 勝手に決める。

 

 

「……嫌です」

 

 

 反射的に言う。

 

 

「なんで」

 

 

「……」

 

 

 理由なんて、言えない。

 

 

 近くにいたら。

 

 

 また、揺れるから。

 

 

 

「別にいいじゃん」

 

 

 あっさり言う。

 

 

「何もしねぇって言っただろ」

 

 

「……っ」

 

 

 その言葉に。

 

 

 少しだけ、胸が揺れる。

 

 

 

「距離は保つ」

 

 

「……」

 

 

「だから一緒にやれ」

 

 

 

 強引。

 

 

 でも。

 

 

 前みたいに、怖くない。

 

 

 

「……わかりました」

 

 

 小さく頷く。

 

 

 

 

 ――放課後。

 

 

 教室に残って、装飾の準備。

 

 

 色紙。

 ハサミ。

 テープ。

 

 

 静かな空間。

 

 

「……」

 

 

 気まずい。

 

 

 何を話せばいいかわからない。

 

 

 

「そこ、貸せ」

 

 

 手が伸びてくる。

 

 

 ハサミを取られる。

 

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

「敬語やめろ」

 

 

 

「……」

 

 

 

「距離感じる」

 

 

 

「……感じてます」

 

 

 

 思わず言ってしまう。

 

 

 

 一瞬、沈黙。

 

 

 

 でも。

 

 

 

「そりゃそうか」

 

 

 

 否定しない。

 

 

 

 

「でもさ」

 

 

 

 少しだけ、こちらを見る。

 

 

 

「前よりはマシだろ」

 

 

 

「……」

 

 

 

 答えられない。

 

 

 

 でも。

 

 

 

 否定もできない。

 

 

 

 

「ほら」

 

 

 

 ふっと、紙を差し出される。

 

 

 

「ここ、貼るとこ」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 受け取る。

 

 

 

 指が、少し触れる。

 

 

 

「……っ」

 

 

 

 びくっとする。

 

 

 

 

「悪い」

 

 

 

 すぐに手を離す。

 

 

 

 

「……いえ」

 

 

 

 心臓が、うるさい。

 

 

 

 

 でも。

 

 

 

 

 怖くない。

 

 

 

 

 前みたいに。

 

 

 

 

 嫌じゃない。

 

 

 

 

 むしろ。

 

 

 

 

 ――少しだけ。

 

 

 

 

 落ち着く。

 

 

 

 

 

「……なあ」

 

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

「なんで泣いたの」

 

 

 

 

 手が止まる。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 答えたくない。

 

 

 

 

 でも。

 

 

 

 

「……怖かったからです」

 

 

 

 

 小さく言う。

 

 

 

 

「何が」

 

 

 

 

「……同じこと、されると思って」

 

 

 

 

 一瞬。

 

 

 

 

 空気が止まる。

 

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

 

 低く、呟く。

 

 

 

 

「ごめん」

 

 

 

 

 もう一度。

 

 

 

 

「ほんとに」

 

 

 

 

 さっきよりも、静かに。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 その声が。

 

 

 

 

 少しだけ。

 

 

 

 

 優しかった。

 

 

 

 

 

「でも」

 

 

 

 

 続ける。

 

 

 

 

「もうしねぇから」

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

「約束」

 

 

 

 

 まっすぐに言う。

 

 

 

 

 その言葉に。

 

 

 

 

 胸が、じんわり温かくなる。

 

 

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 

 気づけば。

 

 

 

 

 少しだけ、笑っていた。

 

 

 

 

 

 ――その距離は。

 

 

 

 

 まだ遠いけど。

 

 

 

 

 でも。

 

 

 

 

 確実に、変わっていた。
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