かりそめ家族、妖精の国へ ~寂しがり姫を偽母として甘やかしたらカタブツ学者さまに愛されました~
「ダニール」

 マルーシャは向かいに座るダニールにそっと手を差し出した。不思議そうにしながらダニールがその手を取る。
 そっと包んでくれる大きな手。骨ばった指。ふれられて心が落ち着くなんて、やっぱり大好き。

「――もし口をふさがれてたら、どうしてくれたの?」

 どうしても世間とずれている恋人のことがおもしろくて愛おしくて、マルーシャは試すように訊いた。その質問にダニールがうろたえる。

「え。いや、その」
「今、言いかけてたでしょ。気持ち悪かったら、どうやって治してくれますか」

 マルーシャは照れながらいたずらを仕掛けた。初々しい恋人なりに、精一杯の。
 その意図に気づいたダニールは、トンとはねた心臓に耐えて微笑んでみた。

「――こうする、かな」

 ダニールは手のひらでマルーシャの頬にふれた。そっと親指で唇をなぞる。

「――」

 ピクリと震えたマルーシャが目を伏せる。向かいの座席からダニールは軽く腰を浮かし、マルーシャに向けて屈み――。

「や、待っ、ラリサ!」
「あらバレた」
「ち、惜っしい!!」
「イグナート! おまえ目蓋が開かなくなるおまじないを掛けるぞ!」
「やーなこった!」

 とんだ出歯亀だ。
 さすがに乱暴に小窓をふさいで、ダニールは怒った顔のまま座り直した。
 でもマルーシャにはわかる。本気で怒っているわけじゃなく、これはただの照れ隠し。ダニールは笑みをふくんだマルーシャの視線で赤くなり、横を向いてしまう。
 馭者台からののぞき見で未遂におわった初めての口づけだけど、急がなくてもいい。これから二人の距離はどんどん縮まるはずだ。

< 138 / 144 >

この作品をシェア

pagetop