温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
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 フランス商人が催す夜会に招かれたと徹に告げたのは、藤ヶ森家の当主。徹の父親だった。
 藤ヶ森が営む藤之屋は呉服商だ。一見すると西洋の商社などと関わりがないようにも思う。しかし舶来生地で仕立てた帯や半襟は人気だし、宝石は帯留めや簪に使える。今回招待してきたのもそんな取り引きの相手だ。

 父の部屋が徹は好きではなかった。完全な和室で、父は書類仕事をするにも文机を使う。いつも洋装で過ごす徹にとっては非常に居づらい。膝が伸びてしまうから。
 だがそんなことはおくびにも出さず、徹はいつもの柔和な笑みで父に対していた。

「夜会、ですか」

 そんな会にはフランス語に堪能な徹が出ればいいと父は言った。守旧派にもほどが、と徹はため息をつく。

「わかりました。僕が行きますが、お父さんもご一緒にいかがです」
「私は……連中が好かん。濃い髭ヅラも、甘ったるい匂いも、何もかも苦手だ」

 髭をはやし香水を振りかけた西洋人に会いたくない。藤之屋が西洋化する世界に乗り遅れている理由はそれだった。
 父とて時流はわかっているのだ。だが江戸伝統の商売にこだわりもあるし、それを変えるのは自分の後からでもよかろうと逃げていた。徹をヨーロッパへ遊学させたのは、父親なりにギリギリの譲歩だ。

「ああら、わたくしは楽しいわ。キラキラしたホールは美しいし、音楽も素敵でしてよ? まあダンスはごめんですけれど」

 徹の隣でのたまったのは伊都子だった。
 西洋式の夜会ならば男女で参加するのが筋というもの。徹に決まった相手はいないので伊都子を連れていけと父は言う。
 だが徹は伊都子が嫌いだった。妾腹の徹を、ことあるごとに見下してくるからだ。なので困ったように告げてみる。

「僕は出席するならダンスを外したくないですね」
「まあ徹さんたら。なら踊りたい女性を会場で見つくろえばいいでしょう? 徹さんになら皆さま群がっていらっしゃるわ」

 伊都子は徹のことを兄とは呼ばない。父親の子ではあるが、兄妹とは認めていないのだ。顔が良くて女に人気がある徹のことを「さすが妾の子」と罵っていることを、徹は知っていた。

「いけませんよ、伊都子さん。ファーストダンスは連れていったパートナーと踊る決まりです」
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