温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
 あの日は職人町で仲間と酒を呑み夜明かしした。その後道端でうっかり者の娘を助けてから家に帰ると、その人が母屋で働いていたのだ。さすがに徹も驚いた。
 本性をバラされるかと肝が冷えたのだが、茜は何も言わない。気づいていないのか飲み込んでくれているのか、徹にも判断できなかった。

「茜に近づくのは危ない……気もするが」

 なんとなく気になる。そこにいると目が留まる。それは伊都子が告げ口した生い立ちのせいだろうか。
 裕福な茅原家から送り込まれたと思っていた女は実は日陰の身の上だった。
 要領が悪いのではなく、ただただ頭を下げることに慣れていて遠慮がちなだけだった。

「もっと……堂々としていればいいんだ」

 そう感じるのはきっと、立場が似ているから。
 しかし徹だって自分を曲げているのは同じことなのだ。愛想を振りまいて生きるしかなかった藤ヶ森での日々を思い出す。

「人のことは言えないか――」

 ひとりごち、徹は自分をあざ笑った。


  ❖ ❖ ❖


 離れに呼び出された茜はすっかりうろたえている。洋間に通されたのはいいが、何故か襦袢姿にされ、体のあちこちを測られているのだ。

「あ、あの……」
「首は真っ直ぐでお願いします」

 知らない女性にピシャリと言われ、口をつぐむ。
 徹の用事だと呼ばれ、仔細もわからず来てみればこれ。もう泣きそうだ。
 ただひとつ救いがあるとすれば――この場に徹はいないことか。襦袢など見られたら恥ずかしくて死んでしまう。

「――はい、お疲れ様でした。どうぞお着物を直してくださいな」

 ちゃきちゃき話す女性は、志乃と名乗った。その仕事を聞き、茜は感心する。

「洋裁をなさるのですか」

 和裁――着物を縫うのならば茜もするが、西洋の服を縫うなどどうするものやら見当もつかなかった。志乃は得意げに笑んで悪びれない。

「そうなんです。茜さんにピッタリ似合うドレスを作りますんで、お楽しみに」
「ドレス!? 私のですか!?」

 あんまり驚いたせいで、茜は大きな声をあげた。すると外から戸が叩かれる。

「――どうしましたか、茜さん。大丈夫でしょうか」

 廊下から聞こえた柔らかい話し方は徹だ。幼なじみの志乃は徹のガキ大将時代も知っているので、猫かぶりに笑いそうになる。

「あら徹さん、開けちゃ駄目よ。茜さんのあられもない姿をのぞくつもり?」
「そんなこと、しませんよ。大声がしたので案じただけです」
「あの、なんともないんです! ちょっとびっくりいたしまして」

 慌てて帯を締めながら茜はオロオロ言い訳した。
 ドレスを、というのは徹の言いつけなのだろうか。でもいったい――なんのために?


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