温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
  ❖


「僕と一緒に、夜会へ行ってもらいたいのです」

 そんな無茶を言い、徹はゆったりと微笑んだ。思いもしなかった事態に茜は絶句する。

 離れの応接室に通された茜はソファに座らされていた。志乃はさっさと帰ってしまい、部屋に徹と二人きり。
 ソワソワ落ち着かない気分なのはお尻の下がフカフカするせいか、徹の美しい顔のせいか。さらに「夜会」と告げられて、もうわけがわからなくなる。

「いきなり申し訳ない。フランス商社からの招待なので、女性を同伴したいのですよ」
「フ、フランス……?」

 あまりのことに茜の喉がひっくり返った。悲鳴のような自分の声。恥ずかしさに茜は耳まで赤くなるが、徹は知らん顔だ。

「フランス語を話す必要はありませんので、安心して下さい」
「で、でもそんな場に私のような者を……」
「おや、茜さんは銀行家の茅原氏のお嬢さんでしょう。なんの問題もないと思いますが」

 畳みかけられて茜は言葉を詰まらせた。
 茅原の娘なのは本当だが、ご令嬢とはいえない自分の立場。説明したら軽蔑されるだろうか。
 茜はふるえながら口を開く。

「……私、は……茅原の家で……」
「すみません、意地悪を言いました」

 徹は茜をさえぎった。伏せられた目に茜の心臓が何故か跳ねる。

「茜さんのお母様のことは知っています。伊都子が――得々として教えてきましたからね。あんな奴で申し訳ない」
「あ――」

 芸者から妾になった母のこと、徹は承知なのだ。その上で夜会へ誘われたとわかり茜は戸惑う。
 そんな。それはどうして?

「はじめは伊都子と出席しろと父から言われたのです。でも僕は、気が進まない。だって伊都子は僕のことを嫌っているんですよ」

 嫌われていると言いながら徹は楽しそうだ。それは徹も、伊都子のことが嫌いだから。

「ご存じですね。僕の母も……父の妻ではない」

 回りくどい言い方で徹は茜に歩み寄る。

「だからでしょうね、茜さんを(あざけ)られて不思議と腹が立った」
「え……」
「どうでしょう、洋装して僕と夜会に出てくれませんか。あちこちのお嬢さん方がずっしりした着物でいる中、茜さんは軽やかにドレスで現れる。お志乃の腕は確かだ。きっと似合います。僕がエスコートして、茜さんを話題の女性にしてみせましょう」

 徹の誘い。それは軽んじられる者同士、傷ついていないで周囲を見返そうじゃないか――そんな提案。
 さっきは腹立たしいと言っていたくせに、徹の笑みはどこまでも透きとおっている。
 そのまなざしに、茜はなんだかクラクラさせられた。

< 15 / 33 >

この作品をシェア

pagetop