温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
「僕は嘘で褒めたわけじゃない。茜さんは遠慮しすぎなんです。控えめに生きなくてはならなかったのは理解しますが」
「……すみません」
「謝らないで下さい」

 茜は伏せたくなる顔を必死に上げていた。稽古中だから。そのけなげな姿を見下ろして徹の胸がざわつく。

(茜は……なんて誠実なのだろう)

 この夜会は徹が無茶を言って巻き込んだもので、茜にはなんの責任もない。なのに精一杯つとめようとするひたむきさに頭が下がった。

(悪いことをしたな)

 徹は伊都子の鼻を明かしたかっただけなのだ。伊都子が馬鹿にした茜を夜会に出し、その姿が称賛されれば痛快だ。
 そもそも伊都子が妾や芸者衆を嫌うのは、脇の子の徹が屋敷に引き取られたせい。本妻である母親からの影響だろう。茜が憎まれるのは完全なとばっちりなのだ。
 なのに徹は茜を利用している。失礼極まりないことだった。互いの生まれた境遇に親近感は抱いているが、茜の意思をないがしろにした自覚はある。
 だからせめて茜に顔を上げさせたいと感じた。夜会の日だけでなく、いつも昂然と頭を上げ人生を歩んでほしい、と。

「……親が誰だろうと、それは茜さんのせいではない。あなたはあなただ」

 静かだが強い徹の声に、茜は小さく息を呑んだ。母を思い出した。
 
 ――茜は茜。

 藤ヶ森家へ行くよう言われた時の、母の言葉だ。徹は同じことを言ってくれている。
 妾の娘と言われようと、政略結婚の駒にされようと、茜はみずから思うように歩くべきなのだ。茜は茜自身のものだから。

「徹さま……」

 つぶやいて、茜は目の前の優しい人を見上げた。
 いつになく真剣な、徹の目の色。本気で茜を諭しているのだと思えた。

「ありがとう、ございます」
「礼を言われるようなことでは」
「いえ……母にも同じことを言われました。しっかりしなくてはいけませんね」
「お母上……は、今どうなさっているのです」
「肺の病で。あまり長くないかも、と」

 茜の声がふるえかけた。
 弱った母のそばにいたい。でもひとりで生きていけるようになって母を安心させたい。心が引き裂かれて、唇をかみ我慢する。

 ――今できることを、(あた)うかぎりやるしかないわ。

 茜は深呼吸して微笑もうとした。
 はかないが覚悟を秘めたその瞳に惹きつけられ――徹は茜から目が離せなくなった。

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