温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
夢のような夜の熱
❖ ❖ ❖
その夜は煌びやかに輝いていた。
電気を使った外灯がいくつも燈る重厚な洋館。そこが今日、フランス商社が夜会を催した場所だった。車寄せには次々と馬車が入ってくる。
うちの一台から姿を見せたのは燕尾服に身を包んだ徹だ。男性の洋装は珍しいものではないのだが、背の高さと貴公子然とした面差しのせいで人々の目を惹いた。
「――さあ、茜さん」
その徹が優しく名を呼び、車内へと手を差し出した。遊び人と噂の藤ヶ森徹がどんな女性を連れてきたのかと耳目が集まる。
「はい――」
そっと手を取られ馬車を降りたのは、もちろん茜だ。
今日の茜は髪を夜会巻きに結っていた。ほんのりと差した紅が楚々とした顔立ちを華やかに見せる。
晩秋となり冷え込む夜。ふわりとケープコートをまとい歩く茜の姿は、月の光を集めるようだった。
入り口の石段を軽やかにのぼる。
徹に手伝われてコートを脱ぐと、あらわれたのは薔薇色の夜会服だ。
ゴテゴテした鹿鳴館風ドレスではないそのしつらえに会場がざわめいた。すかさず徹がささやく。
「見られていますが、気にせずに。好意的な視線ですよ」
「……はい」
茜は顔を伏せなかった。ホールの人々に会釈して徹の隣をしずしず歩く。
誰にどう見られようと、もう大丈夫。茜は茜だ。
茜のドレスと共布のチーフが徹の胸ポケットにはあしらわれていた。志乃のいたずらだ。
そんな恋人めいたこと――と徹はいちおう抗議したが、本当は悪い気がしなかったのはどういうわけだろう。
徹は主催者の元へ行く。髭をたくわえ貫禄のあるフランス人は、洋装の茜に目を細めた。徹と二人、茜にはわからない言葉で何事か話す。
と、腕に添えていた茜の手を徹の指がトントンとつついた。茜は控えめに微笑み、口を開く。
「Merci beau coup, Monsieur」
茜が口にしたのはフランス語――らしい。お礼の言葉だそうだ。徹が合図したら言うように指示されていた。聞いた相手はニッコリと笑んでくれる。
本当は会話の流れをわかっていない茜だが、どうやら立派に徹のパートナーを務められたようでホッと安堵した。
その夜は煌びやかに輝いていた。
電気を使った外灯がいくつも燈る重厚な洋館。そこが今日、フランス商社が夜会を催した場所だった。車寄せには次々と馬車が入ってくる。
うちの一台から姿を見せたのは燕尾服に身を包んだ徹だ。男性の洋装は珍しいものではないのだが、背の高さと貴公子然とした面差しのせいで人々の目を惹いた。
「――さあ、茜さん」
その徹が優しく名を呼び、車内へと手を差し出した。遊び人と噂の藤ヶ森徹がどんな女性を連れてきたのかと耳目が集まる。
「はい――」
そっと手を取られ馬車を降りたのは、もちろん茜だ。
今日の茜は髪を夜会巻きに結っていた。ほんのりと差した紅が楚々とした顔立ちを華やかに見せる。
晩秋となり冷え込む夜。ふわりとケープコートをまとい歩く茜の姿は、月の光を集めるようだった。
入り口の石段を軽やかにのぼる。
徹に手伝われてコートを脱ぐと、あらわれたのは薔薇色の夜会服だ。
ゴテゴテした鹿鳴館風ドレスではないそのしつらえに会場がざわめいた。すかさず徹がささやく。
「見られていますが、気にせずに。好意的な視線ですよ」
「……はい」
茜は顔を伏せなかった。ホールの人々に会釈して徹の隣をしずしず歩く。
誰にどう見られようと、もう大丈夫。茜は茜だ。
茜のドレスと共布のチーフが徹の胸ポケットにはあしらわれていた。志乃のいたずらだ。
そんな恋人めいたこと――と徹はいちおう抗議したが、本当は悪い気がしなかったのはどういうわけだろう。
徹は主催者の元へ行く。髭をたくわえ貫禄のあるフランス人は、洋装の茜に目を細めた。徹と二人、茜にはわからない言葉で何事か話す。
と、腕に添えていた茜の手を徹の指がトントンとつついた。茜は控えめに微笑み、口を開く。
「Merci beau coup, Monsieur」
茜が口にしたのはフランス語――らしい。お礼の言葉だそうだ。徹が合図したら言うように指示されていた。聞いた相手はニッコリと笑んでくれる。
本当は会話の流れをわかっていない茜だが、どうやら立派に徹のパートナーを務められたようでホッと安堵した。