温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
「完璧でしたよ茜さん」

 ホールの壁際に移動して、徹は楽しそうだった。
 他にも列席のイギリス人や日本人数人に声を掛けて回った後だ。日本人とはさすがに茜も話さないわけにいかなかったのだが、そこは徹もかばってくれた。
「今日のこの人は僕がお連れしているんですからね」
 と肩で隠すようにされ、茜はなんだかくすぐったかった。

 徹が給仕から飲み物をもらい茜に渡してくれる。本当はとても緊張していた茜は、甘い果汁を混ぜた軽い酒を一口含んだ。ほぐれていく。

 茜に寄せられる目は称賛一色だ。
 新しい形のドレスも、凛としたたたずまいも。徹が仕込んでおいたフランス語や英語での挨拶も驚きを誘った。
 あれはどこのご令嬢だ? というささやきが幾つか耳に入る。それほど今夜の茜は美しかった。

 だが徹がエスコートしているので誰も近寄れない。若い男も、嫁を見つくろいたい親たちもだ。
 声を掛けさせないのは茜の将来を狭める行動なのかもしれない。そうは思ったが徹は今、茜を独占したかった。

「――やあ、お似合いの二人だね」

 そこへ果敢に突撃してきたのは太一郎だった。華麗な茜の姿に目を細める。

「うん、志乃のドレスはやはり最高だ」
「……小白波さまは、お志乃さんをご存じなのですか」
「お志乃は太一郎と恋仲なのですよ」

 徹がこそっと教えてくれる。笑い含みの声に親しさがにじんでいた。

「まあ。それは失礼いたしました」
「いいや。志乃に僕たちの洋装を手掛けてもらううち、そんな感じに」
「そうなんですか……」

 照れくさそうにする太一郎からは、そこにいない志乃への気持ちがあふれている。手に職を持ちながら、それを認め愛してくれる男性に巡り合えた志乃のことが茜はうらやましくなった。

「私も……自立してみたいです」

 ついそんな言葉をもらしてしまう。ハッとなった。それはこの場にふさわしくない発言だ。徹の隣で微笑むのが、今の茜の仕事。だが太一郎は声をあげて笑う。

「これは頼もしい女性だ。徹、やっぱり逃がす手はないぞ」
「うるさいな太一郎」

 なんの話なのか、ややムッとしながら言い返す徹はいつもの柔和な雰囲気とは少し違った。
 志乃の前でもそうだったが、徹も親しい友人たちといる時にだけ見せる本音というものがあるのだろう。

 ――そういう相手がいることも、茜には羨望の的だった。


  ❖


 やや早めに呼んだ帰りの馬車で、徹は茜の横顔を盗み見た。
 座席に沈むようにもたれる茜は先ほどまでの気高さが鳴りをひそめ、ひっそりした雰囲気に戻っている。
 どちらの茜が本当の茜なのだろう。知りたい、と徹は思った。

「――茜さん」

 静かに呼びかけた。顔を向ける茜は、ドアの外に下がったランプのほんのりした灯りを浴び妙になまめかしい。柄にもなくうろたえた徹は視線を外した。

「今日のあなたはとても凛々しかった。いつも自信なげにしているので心配していましたが、杞憂でしたね」
「……今夜だけは、貴婦人のごとく振る舞おうと決めていましたから」

 茜の返答はよくわからないものだった。

「ふうん? 決めて、そうできるのですか」
「母がよく言っていたのです。立ち居振る舞いには、その人の生き方が出ると。歩き方だけでも人となりが見透かされるものだと」

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