温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
 母は芸を売る女だった。生まれは下町だったが、客の前では上品にも色っぽくもよそおうことが出来たそう。その場に合わせ振る舞うのはお座敷では必須のことだ。徹はふむ、とうなずいた。

「正しいかもしれません」
「私の卑しさが見抜かれてしまっては徹さまに御迷惑になります。だから……ずっと練習を」
「茜さん」

 茜が影でも努力をしていたことに驚いたが、徹は別のところに引っかかった。「卑しい」と自虐されては放っておけない。

「あなたは卑しくなどない。芸者の血すじがいけないと言うのなら、母上を妾にした男の方はどうなんです。それに僕の母だって似たようなものだ。芸者ではなかったが蔑まれて生きた人ですよ。ならば僕も卑しい人間ですか」
「……いえ、徹さまは」
「茜さんだって同じです。あなたは僕のやらせた無茶に応え、凛として隣にいてくれた。茜さんを罵る者がいたら、この僕が許さない」

 いつになく激しい口調で徹は言い切った。茜が呆気に取られているが、かまわないと思った。

 ――茜が欲しい。
 明確にそう感じた。

 徹が遊び人と噂されているのは偽りだ。
 親をあざむき兄に警戒されないため、そして新事業の準備に飛び回る時間を捻出するためにそんな風をよそおった。女など鼻も引っかけてこなかった。

 だがどうしたことだろう、茜のことは手に入れたくてどうしようもない。
 可憐でひたむきで凛と天を指す、薔薇のつぼみのような茜を手にしたい。
 でもどうやって――。


 ガタン、と馬車が停まり、黙りこくっていた徹は茜をうながした。藤ヶ森家に到着したのだ。まんじりともせず座っていた茜はホッと立ち上がる。

「――ッ!」
「どうしました茜さん」

 息を呑んで顔をしかめた茜に、徹は身を乗り出す。茜が痛そうにしたのは足だ。

「靴ずれ――どうして我慢していたんです」
「気を張っていたので痛くなかったのです。すみません」
「謝るのは僕です。気づかなくて申し訳ない」

 徹は「失敬」と断ってから茜の腕を支え、外に出る。そして――ふわり。

「きゃ! あ、あの。徹さま」

 徹に横抱きに抱き上げられ、茜は悲鳴をあげた。綺麗な顔がすぐそこにある。チラリと茜を見おろした徹は小声だ。

「静かに。こんなところ、人に見られたくないでしょう?」

 ひそかな脅し。でも反論できない。
 茜を黙らせた徹の笑みは少しいたずら。そして、なんだか満足げだった。

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