温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!

情熱と嫉妬

  ❖ ❖ ❖


 夜会の次の日から、茜は離れ専属の女中ということになった。徹の指示だ。自分の気持ちを認めた徹は、茜を手に入れることにしたのだ。
 といっても無理やり婚約したり身請けのように結婚したりする気はない。妾になどもっての外だ。それでは徹や茜の父と同じになってしまうから。

 徹はごく真っ当に、茜の心を落とそうと思っている。
 愛し愛されて隣にいてくれる茜でなければ、手に入れる意味などない。


  ❖


「梅子さん……」

 母屋の台所に顔を出した茜は、ばったり梅子に出くわした。藤ヶ森家へ来た日に案内してくれた先輩だ。
 しかし梅子は本物のご令嬢ではなかった茜に愛想を尽かしているはず。茜はそっと頭を下げて通り過ぎようとした。それを呼びとめたのは梅子の方だ。

「あの、茜さん」
「……はい」

 ちょっとビクビクしてしまった茜に、梅子はバツの悪そうな顔を向ける。

「離れでは上手くやってる? 徹さまは無理をおっしゃっていないかしら」
「は――はい」

 突然軟化した梅子の態度に面食らった。
 しかし訊かれた離れの居心地は良い。元々徹が使っていた女中は老女のヨネだけだ。下男下女は別にいるとはいえ手が足りていなかったらしく、茜は重宝されている。
 そう聞いた梅子は小さく笑い、茜をねぎらってくれた。

「良かったわ。母屋に用事がある時は遠慮なく相談してちょうだいな」
「ありがとうございます……?」

 行ってしまう梅子を見送り、茜は首をかしげる。

 実を言うと、茜が夜会に連れていかれたこと、離れに引き抜かれたことは母屋の女中たちの間でちょっとしたセンセーションを巻き起こしていた。
 もしや徹は茜に本気なのではないか、と。

 妾腹の次男坊ではあるが、徹は藤ヶ森家の息子として堂々と政財界に顔を出している身だ。
 そして茜は日陰者とはいえ銀行家の茅原につながる人物。
 二人が結婚でもすれば、それなりの組み合わせになる。今のうちに取り入っておかねば、というわけだ。でも茜にはそんな裏の計算がわからない。

「なんだったのかしら……」

 つぶやいて、奥に向かう。お客様お気に入りの茶菓子を受け取りにきたのだ。

「すみません。汐路屋のカステラを買ってくるようお願いしていたのですが」
「はいはい、こちらにございます」

 今日の客は小白波太一郎。彼はここのカステラが好きだと徹に教わった。二人のために美味しい茶を淹れよう、と茜は微笑んだ。



< 22 / 33 >

この作品をシェア

pagetop