温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
 茜の出した茶を一口飲み、太一郎は満足げ。

「茜さんの茶は美味いな」
「まあ、ありがとうございます。でもヨネさんが拗ねてしまいますよ?」
「それは困る。ヨネさんには大変世話になってるからね。冬になったらヨネさんの汁粉が食べたいと伝えてくれるかい」
「かしこまりました」

 そっと下がっていく茜がドアを閉めるのを待って、太一郎はニヤリとした。

「なんだよ徹、やっぱり茜さんを嫁にする気になったのか。離れに居させてるとは驚いたぞ」
「……母屋で伊都子が嫌がらせをするんだ。夜会に連れていった手前、放っておくわけにもいかない」

 猫かぶりをやめた徹は吐き捨てるように言う。素直に恋心を白状できなくて言い訳したのだが、いちおう事実だった。夜会で成功をおさめた噂は届いているだろうに、伊都子はますます茜のことを敵視している。

「まったく何が気に入らないんだか……」

 伊都子にしてみれば、下に見ていた女中が社交界でチヤホヤされれば気に入らなくて当然だ。苛々もする。しかし徹にも太一郎にも女心の機微はわからなかった。

「仕方ないな。で、事業計画は詰めたか」
「ああなんとか。これで銀行に融資を取りに行こう。見てくれ」

 徹が出した書類に目を通しながら、太一郎は確認する。

「高井銀行でいいんだな? となるとやはり窓口は茅原氏……茜さんを夜会に同伴したことは、きっとあっちの耳にも入ってるだろ」
「それは……まだ考えてる」

 徹は煮え切らなかった。
 まだ茜と徹の間柄はどうにもなっていない。もし茅原から「娘と結婚するつもりか」などと問い詰められたらどう答えればいい。
 本人の了解を取らずに外堀を埋めるような真似、徹はしたくないのだ。



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