温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
 太一郎が離れから出た時だ。門の前で人力車を降りる伊都子がいた。花材を抱えているところを見ると、お華の帰りだろうか。門をくぐって太一郎をみとめると笑顔になる。

「まあ小白波さま。ご機嫌よろしゅう」
「お帰りなさい、伊都子さん。お稽古ですか」

 こうしていると伊都子は天真爛漫なお嬢さんだった。
 太一郎は小白波運輸の長男で、着々と実業家の道を歩いている男。なので伊都子も憎からずの振る舞いをする。

「今日はお華に参りましてよ」
「いいですね。お父上の床の間にでも飾って差し上げるのでしょうか」
「まあ。ではそういたしますわ」

 伊都子は太一郎の言葉に従ってみせた。
 徹と親交がある太一郎なのだから、親同士で話がつけば縁談が持ち上がる可能性もあると伊都子は考えていた。自分は大店の娘。太一郎の相手として不足はないはずだ。
 だが徹から聞いた話で太一郎は伊都子の本性を知っている。親に認められてはいないが志乃の存在もあった。太一郎としては伊都子のことなど眼中にない。なので伊都子に茜のことを取りなそうとした。

「先日の夜会に僕も足を運んだのですが。徹の連れていたドレスの女性に今日は茶を淹れていただいてしまいました」
「あら……まあ。そうですの」

 伊都子は愛想笑いをした。嫁に行ってもいいと勝手に考えている太一郎から他の女の話、しかも芸者あがりな妾の娘ごときのことを聞くなんて面白くない。

「いやあ恐縮でしたよ。洋装を凛と着こなしフランス語や英語で挨拶していた人ですからね。藤ヶ森にいらっしゃる方々は皆さん教養がおありなのでしょう。伊都子さんもお稽古事を欠かさない方ですし」

 いちおう伊都子を持ち上げる形で着地した話だったが、伊都子の笑みは硬かった。

「それは……もちろんですわ。わたくし、藤之屋の娘として恥ずかしくないよう常に心掛けておりますもの」
「ご立派ですね。では僕はこれで失礼を」

 意気揚々と去っていく太一郎を見送りながら、伊都子はギリ、と歯ぎしりした。
 家に入ってからも花を投げつけるように放り出し「さっさと片づけて」と高飛車に言いつける。八つ当たりされた女中の梅子は、わけがわからずムッとしながら掃除をするはめになった。

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