温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!

近づく二人

  ❖ ❖ ❖


 晩秋の晴れた空の下、茜は人力車に乗ろうとしていた。横から手を支えてくれるのは徹だ。
 並んで座席に腰をおろすと、二人の脚がまとめて膝掛けにくるまれる。かじ棒をゆっくり持ち上げ、車夫は威勢よく走り出した。

「あらよっと!」

 藤ヶ森家の門がどんどん遠ざかる。風を感じて胸もとで肩掛けを押さえると、徹がすかさずささやいた。

「寒いですか?」
「いえ……」

 寒くはないが、驚いてはいる。再び徹とお出かけすることになるなんて。
 しかも今日はパーティーでなく――二人だけでブラブラするのだ。まるで逢引みたいで、茜はそわそわしてしまう。



 行き先は日本橋の百貨店だと言われている。同業の呉服商があちこちに出店しているが、そのうちの一つを視察したいのだとか。
「女性の目で気になるところ、良いところを教えてほしいんです」
 そう頼まれたのだが、茜などで役に立つのだろうか。

(いけない、また「私など」なんて考えてしまったわ)

 茜は、茜らしく生きたいと願っている。みずからの力で身を立てたいと。なのに自分を卑下する癖がなかなか抜けなかった。
 小さくため息を噛み殺す。すると徹が笑いかけてきた。

「華やかな着物もお似合いです」
「……こんなに良いものを貸していただいて、なんとお礼をすればいいのか」
「僕の我がままに付き合わせているのだから当然ですよ」

 茜が身に着けているのは徹とヨネが選んだ着物だ。大胆に椿を描いた柄が季節を先取りしている。また靴ずれしてはいけない、と和装をすすめられたのだった。
 何故こんな着物が離れにあるのか茜は不思議に思った。暮らしているのは徹ひとりなのに。だが徹は微笑むばかりで答えなかった――これは徹の亡き母の形見のひとつだ。


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