温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
 振り向いた先にいるのは着流し姿の若い男だ。彫りの深い面差しがありえないほど整っていて、茜はポカンと呆けてしまった。役者か何かだろうか。
 男はこちらを見据え、笑みを浮かべる。かすかに上がった唇の端に、えもいわれぬ凄みがあった。

「――その娘を放しな」
「なんだとぉ! こりゃ俺が先に見つけた女だぞ、横取りは許さねぇ!」

 酔っぱらいは茜を放り出して綺麗な男に殴りかかる。その拳をわずかな動きだけで避けると、男は勢い余る酔っぱらいの腹に膝を入れた。

「ぐ……、げぇ……!」
「おっと」

 道につんのめる酔っぱらいの腰から酒瓶を助け出す。割れてしまうのは忍びない、とでもいうのだろうか。

「……しょうもねえ男だな」

 腹を抱えて倒れ込む酔っぱらいの前に酒瓶を置いてやると、男は茜を見やった。

「怪我は?」
「あ……い、いえ」

 茜はガクガク震えていたが、なんとか答えた。でも男はつっけんどん。

「若い娘がこんな道に迷い込むんじゃねえ。さっさと大通りに行っちまいな」
「は……はい。あの」
「怖いのか? じゃあここで見ててやる」

 男は手で真っ直ぐ向こうを指す。その先に人が行き交うのが見えた。たどり着くまで見守ってくれるということか。
 ずいぶんと荒事に慣れていそうだけど、悪い人ではないらしい。そう思って茜は息をととのえた。

「助けていただきまして、ありがとうございます」
「今後は気をつけろよ」

 そう言って向けられた微笑みがとても綺麗で優しくて、茜の胸はギュッとなった。慌てて深々と頭を下げ、誤魔化す。

 歩き出した茜は途中で振り向いてみた。男は言ったとおりこちらを見送ってくれている。
 人通りに紛れるところまで行き、茜は最後にもう一度振り返った。でもその時にはもう、男は背を向けフラリと去っていくところで――。

「あ……お名前」

 ――訊くのを忘れてしまった、と茜はぼんやり思った。

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