温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
 徹は走った。茜のことしか考えられず、伊都子が裏で糸を引いているなど思いもよらない。しかし伊都子の誤算は――徹の素顔が喧嘩上等で好戦的なことだった。

 裏通りへ駆け出した徹は周囲を見回す。
 少し先に、腕をつかまれ引きずられる茜がいた。
 徹の――長年抑えつけていた堪忍袋の緒が切れた。激情があふれ出す。

「茜!!」

 叫んだ徹は風のように走った。
 振り返る男が身構える間もなく、一人の顔に拳を叩き込み吹っ飛ばす。

「徹さま!」

 茜が叫んだ。愛しい人が恐怖に青ざめている声で、徹の心が氷のように冷たくなる。

 ――殺してやる。茜を傷つける者など。

 闘気をみなぎらせた徹の目には、破落戸の動きがゆっくりして見えた。
 茜を奪い返す。相手を蹴りつけて距離を取る。背に茜をかばう。

 起き上がってきた一人目が殴り返してきた。
 身を低めて避ける。腹に拳を。崩れ落ち悶える男。

 二人目が上から両拳を叩き落としてくる。
 転がって避け、跳ね起きた。
 振り向きざまの相手に正拳。鼻が折れる感触。でも徹は止まらない。
 よろけるのを捕まえて投げ技、道に背中から叩きつける!


 破落戸は二人とも動かなくなった。
 生きているとは思う。だがとどめよりも大切なのは茜だ。あっという間のことで何がなんだかわからない茜はヘナヘナと崩折れそうになる。それを徹がガシッと支えた。荒々しく抱き寄せる。

「茜――」

 吐息のように名を呼ばれ、茜はふる、と震えた。
 腕があたたかい。安堵してたくましい胸にすがりついた。

「徹さま――」
「無事でよかった。茜に何かあったら俺はもう」
「――徹、さま?」

 熱っぽくささやかれて茜は惑乱する。
 強い腕の力。
 「茜」と呼び捨てる声の甘さ。
 いつもの柔らかさをかなぐり捨てた「俺」という言い方。

 だけどこれは確かに徹だ。
 そっと腕を組んでいた時にも感じていた芳しい徹の匂いに包まれ、茜の膝から力が抜けた。
 完全に身を預けてしまった茜を支え、徹は誓う。

 ――これは俺のもの。誰にも指一本触れさせない、と。

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