温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
 歩いていった太一郎は勝手に離れの玄関を開け、奥へ呼ばわる。

「おーい、徹! 訪ねてきてやったぞ! さっさと出て来ないと勝手に上がる!」

 いちおう付き従っていた茜は目を丸くした。かなり気心の知れた間柄のようだ。しばらくして奥からあらわれた徹は苦笑いしていた。

「やあ太一郎。君が来ると一気に家の中がにぎやかになるね」
「おう、にぎやかしなら任せてくれ」
「ええと……これはいちおう嫌みのつもりで言ってみたんだが」
「やんわり言われても通じんな」

 軽口を言い合って上がり込む太一郎の靴を、茜はそっとそろえた。徹が気づいて微笑んでくれる。

「ご苦労さま、茜さん。こちらはもういいから戻っておくれ」
「はい。どうぞごゆっくり」

 茜はそっと礼をして戸を閉めた。
 ドキドキする。やはり徹は優しくて気づかいに満ちていた。いちど挨拶したきりの茜のことをちゃんと覚えていて、名を呼んでくれるなんて。

「徹さま……」

 ぽろ、と名が口からこぼれた。

 いけない。あの人は誰にでも優しいのだから。
 女中仲間や伊都子お嬢さまが冷ややかだといっても、徹に絆されてしまえば遊ばれ捨てられるだけかもしれない。それは母の望むことではなかった。

「……違うわ。そういうんじゃないの」

 茜は自分に言い訳をした。

「ただ少し、似た境遇なのかもって思ってしまっただけ。それだけなんだから」

 徹のことが気になる理由といえば、それしかない。
 この大きな屋敷の中で、家族に分け隔てされ暮らすのは――妾宅に囲われるより嫌ではないかと気づき、茜は身ぶるいした。


  ❖


「今の子、茅原と名乗っていたけど。銀行家の茅原の娘か?」

 離れにある徹の部屋に通されて、太一郎はどっかとソファに腰をおろしながら訊いた。徹も向かい合って座る。

「ああ――馬鹿らしい。うちに来る金持ちの誰かに見初められてこいとでも言われたんだろ」

 徹の口調はぞんざいだった。鼻で嗤う調子も先ほど茜の前に出た時とはまったく違う。ガラの悪さに当てられて、太一郎はがっくりとソファに沈み込んだ。

「ほんと別人。おまえね、いいかげん猫かぶるのやめれば? 自分ちの中だろうが」
「無理だね」

 徹は言下に否定する。
 実をいえば、こちらが徹の素の姿。その鋭い視線は――茜を助けたあの男にそっくりだった。

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