嘘つきな患者と、私の先生。

検査

点滴の音だけが、静かに響く病室。


白い天井。


消毒の匂い。



「……」



目が覚めてから少し経って、


さっきの“安心”が、少しずつ薄れていく。


代わりに戻ってくるのは——



(やだ)



病院、という現実。



カーテンが少し開いて、


看護師が入ってくる。



「じゃあ、検査の準備しますね」



「……」



無言。


でも、視線だけで拒否する。



「少しだけ採血しますね〜」



「やだ」



即答。



看護師が少し困った顔をする。



「すぐ終わりますよ?」



「やだ」



もう一度。



手を引っ込める。


点滴のついてない方の腕を、ぎゅっと抱き込む。


完全に防御。



「菜月」


低い声。



視線だけ動かす。



そこにいるのは、世那。


「ちょっとだけだから」



「やだ」




「痛いの嫌でしょ」



「やだ」



「……」



少しだけ沈黙。



世那が一歩近づく。


ベッドの横に座る。



「頑張るって言ったでしょ」


静かな声。


でも、逃がさない。



「……」


言葉が詰まる。



「さっき、自分で言ったよね」


「……」



「ちょっとだけって」



(ずるい)



自分の言葉で縛られる感じ。


逃げ場がない。



「……やだ」

それでも、弱く言う。



「うん、嫌だよね」



否定しない。



「でも必要」


はっきり。



「……」



視線を逸らす。




「このまま何もしない方が、もっとしんどくなる」



「……」




「どっちがいい?」



静かに聞かれる。



答えられない。



「……っ」



少しだけ呼吸が乱れる。



「ほら、まだ安定してない」



すぐに気づかれる。



背中に手が当てられる。


ゆっくり、呼吸を整えられる。



「……はぁ…」



少し落ち着く。



そのタイミングで、

世那がもう一度言う。



「今なら、すぐ終わる」



「……」



「長引かせる方が嫌でしょ」



図星。



「……」

少しだけ、腕の力が緩む。



それを見逃さない。



「えらい」


ぽつっと。



「まだなにもしてないし…」


小さく返す。



「今、頑張ろうとしてる」



「……」



ゆっくり、

ほんとにゆっくり、

腕を差し出す。



「……一回だけ」


ぼそっと。



「うん、一回だけ」



看護師が少しほっとした顔で準備する。



針が近づく。



「……やっぱやだ」


直前で引きたくなる。



その瞬間、


手を軽く握られる。



「見なくていい」



「……」



「終わるまで、こっち見てて」



視線を向ける。


世那の方へ。



「……」



「大丈夫」


低い声。



その声だけを頼りに、

ぎゅっと目を細める。



「はい、終わりましたよ〜」



「……え」


拍子抜け。



「もう?」



「もう」

世那が小さく笑う。



「……」



「できたじゃん」



「……一回だけって言ったし」



「うん、約束守ったね」



その言い方に、

少しだけ胸がくすぐったくなる。



でも——



「……もうやらない」



「やるよ」




「は?」



「入院中はね」



「……最悪」



ぽつっと落ちる声。



少しだけ間があって。



「よく頑張ったね」

世那が、静かに言う。



「……」



一瞬、言葉が詰まる。



「子ども扱いしないで」

少しだけ拗ねた声。



「してない」




「してるし」



「してない」



「……」



またそれ。



でも。



「ちゃんと頑張ったから言ってるだけ」



その一言に、

少しだけ言葉が止まる。



「……別に」

視線を逸らす。



(なんか、やだ)



むかつくのに、

否定しきれない感じ。

胸の奥が、

少しだけくすぐったくなる。
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