嘘つきな患者と、私の先生。

食事

夜。

病室は昼よりも静かで、

余計に“ここにいる感じ”が強くなる。



トレーの上に置かれたご飯。

湯気が少し立ってる。

でも——



「……いらない」



小さく呟く。



ほとんど手をつけていないまま、

スプーンを置く。



(食べたくない)


体がしんどいのもある。

でもそれ以上に、

ここに居るのが嫌。



カーテンが少し揺れる。



「食べないの」

低い声。



「……」



見なくても分かる。

世那。



「いらない」


短く返す。



「なんで」



「お腹すいてないし」



「嘘」




「……うるさい」



ベッドの横に立つ気配。

逃げ場がない。



「昼もほとんど食べてないでしょ」



「別にいいし」



「よくない」

被せられる。



「……」



視線を逸らす。



「回復遅くなる」



「遅くなってもいい」



一瞬、空気が止まる。



「……それ本気で言ってる?」



少しだけ低い声。



「……」



言い返せない。

でも引きたくない。



「……食べたくないだけ」



小さく言う。



少し沈黙。



そのあと、

ベッドの横の椅子が引かれる音。



「じゃあさ」



落ち着いた声。



「一口だけ」



「やだ」




「一口も?」



「やだ」



「じゃあ半分」



「やだ」



「……」



「頑張るって言ったよね」

静かに言われる。



「……それは検査の話」


ぼそっと。



「これは治すための話」

即返し。



「……」



「どっちも同じ」



(ずるい)



また同じ。

逃げ場なくされる感じ。



「……やだ」


弱く言う。


さっきより、少しだけ。



「うん、嫌だよね」

否定しない。



「でも必要」



「……」



世那がトレーに手を伸ばす。



スプーンを持つ。



「……なにしてんの」



「食べさせる」


さらっと。



「は?」



「一口でいいって言ってるでしょ」



「やだし」



少しだけ身を引く。



でも。



「逃げないで」



手首を軽く掴まれる。

強くない。

でも、逃げられない。



「……っ」



「ほんとに一口だけ」



「……」



「それで無理ならやめる」



少しだけ、間。



「……ほんとに?」



「ほんとに」



「……」



迷う。



でも。



ゆっくり、口を開く。



ほんの少しだけ。



スプーンが入る。



「……」



もぐもぐと、小さく動かす。



飲み込む。



「……食べた」


ぼそっと。



「えらい」


「すぐ子ども扱いする、、」



「してない」



「してる」



「してない」



「……」


またそれ。



少しだけ、空気が緩む。



「もう一口」



「え」



「さっき“一口でいい”って」



「うん」



「食べれたから、次」



「……は?」



「段階上げる」


さらっと。



「……なにそれ」



少しだけ笑う。

呆れたみたいに。



でも。



「……もう一口だけ」



自分から言ってしまう。



「うん」



もう一口。




さっきより、少しだけ普通に食べる。



「……」



「どう」



「……普通」



「でしょ」



少しだけ沈黙。



気づけば、

トレーのご飯が少し減ってる。



「……」



(なんで食べてるの)



でも。



さっきより、

体がほんの少しだけ楽な気がする。



「全部は無理でいい」



「……」



「半分くらい目指そう」



「……多い」



「じゃあ3分の1」



「……」



「それできたら今日は終わり」



「……」



少しだけ考える。



「……じゃあ、それ」



「うん」



またスプーンが動く。



静かな病室で、

小さな音だけが続く。



「……ほんとに終わりだからね」



「うん」



「絶対だからね」



「うん」



「……」



「約束守るよ」



その一言に、

少しだけ安心する。



(……ずるい)



でも、

嫌じゃない
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