嘘つきな患者と、私の先生。

発作

数日後。



「ねぇ菜月、最近大丈夫?」

「なにが」

ソファに寝転びながら、適当に返す。



「なんかさ、この前からちょっとしんどそうじゃない?」

「気のせい」




「ほんとに?」

「ほんと」

少しだけ咳を誤魔化す。



「……無理してない?」

「してないって」

いつも通りのやり取り。



「病院とか行った?」

「行かない」



「なんで」

「嫌いだから」



「……」

紗良が少し黙る。



「ねぇ、ほんとに大丈夫?」

「大丈夫だってば」

少しだけ強く言う。



「……そっか」

納得したような、してないような返事。



(なんか変)

少しだけ違和感。



その日の夜。



スマホが鳴る。



如月世那



「……は?」

固まる。



(なんで)



出るか迷う。

でも。



また鳴る。



「……しつこ」

小さく呟いて、出る。



「……なに」



『今どこ』

いきなりそれ。



「は?」



『家?』



「なんで」



『答えて』

少し低い声。



「……家だけど」



少しの沈黙。



『今から行く』



「は?」



「来なくていいし」



『行く』




「意味わかんないんだけど」



『友達から聞いた』



「……なにを」

嫌な予感。



『体調悪いのに病院行かないって』



「……っ」

一瞬、言葉が詰まる。



(紗良…)



「別に大したことないし」



『声聞けば分かる』



「普通だし」



『普通じゃない』



またそれ。



「……来なくていいって」



『無理』



「なんで」



『そのまま放っとけないから』



「……」

少しだけ黙る。



『10分で着く』



一方的に切れる。



「……最悪」

スマホを見つめる。



(なんで言うの)

友達に対して、少しだけイラッとする。



でも。



少しだけ、安心した自分もいる。



数分後。



インターホンが鳴る。



「……」

ゆっくり立ち上がる。

少しふらつく。



ドアを開けると——



「ほんとに来た」



「来るって言った」

世那が立ってる。



「……余計なこと聞いてきたでしょ」



「必要な情報」



「勝手に共有しないでほしいんだけど」



「じゃあ自分でどうにかして」




「してるし…」



その瞬間。

息が詰まる。



「っ……」



「してない」

すぐに支えられる。



「……大丈夫だし」



「そのセリフ禁止って言ってるじゃん」



「……うるさい」



「うるさくていい」



そのまま、少し近づいてくる。



「呼吸浅い」



「……」

何も言えない。



「行くよ」



「どこに」

分かってるのに聞く。



「病院」



「やだ」



「やだじゃない」



「無理」



「無理でも行く」



「行かないってば」



その瞬間。

また息が乱れる。



「っ…は…」



「ほら」

背中を支えられる。



「もう限界でしょ」



「……やだ」

弱い声。



「分かった」

一瞬、引くかと思ったら——



「じゃあ強制」



「は?」



腕を掴まれる。



「ちょ、待って…!」



「歩ける?」



「……」

答えられない。



「無理か」



そのまま支えられる。

ほぼ抱えられる形。



「やだ…」



「やだでも行く」



「……っ」

抵抗できない。



「大丈夫」

低い声。



「ちゃんと診るから」



(……診る?)

一瞬引っかかる。



でも、そのまま連れて行かれる。



病院。



「……最悪」



「文句はあとで」



そのまま中へ。



診察室。



ドアが開く。



「失礼しま——」



入った瞬間。



世那が、そのまま白衣を羽織る。



「……は?」



振り返る。



「言ってなかった?」



「俺、医者」



「……は???」



完全にフリーズ。



「座って」



「無理」



「無理でも座る」



「帰る」



「帰らない」



手首を軽く掴まれる。



「……最悪」



「その反応、想定内」

少しだけ笑う。



「……ほんと無理」



「無理でも来たでしょ」

静かに言われる。



「……」

何も言えない。



「大丈夫」

少しだけ優しい声。



「ちゃんと診るから」



「座って」

低く言われて、しぶしぶ椅子に座る。



「……最悪」

小さく呟く。



「聞こえてる」

「別にいいし」



世那はカルテを軽く見ながら、

「で、いつから」

淡々と聞く。



「……知らない」


「ほんとに?」


「ほんとだし」


「この前から悪化してるよね」



「……」



図星。

何も言えない。



「咳、増えてる?」

「……ちょっと」



「夜苦しい?」

「……たまに」




「たまにじゃないでしょ」



「……」

視線を逸らす。



「ほら」

軽く顎を上げられる。

「ちゃんとこっち見て」



「やだ」

小さく抵抗する。



「いいから」



視線が合う。

逃げられない。



「無理してる顔してる」



「してないし」

弱い反論。



「してる」



そのまま、聴診器を当てられる。

ひやっとして、びくっとする。



「っ…」



「ごめん、冷たい」

少しだけトーンが柔らぐ。



「……別に」



「息、吸って」



「……」

一瞬、止まる。



「吸って」

少し優しく言われる。



「……すぅ…」

吸う。

でも途中で詰まる。



「っ…は…」

うまく吸えない。



「ゆっくりでいい」



「……っ、むり…」

小さく漏れる。



自分でも驚くくらい弱い声。



世那の手が、少しだけ止まる。



「大丈夫」

低く、でもさっきより優しい声。



「もう一回」



「……っ」

もう一度吸おうとする。

でも。



「っ、は…っ」

途中で崩れる。



「……っ、やだ…」

ぽつっと出る。



「なにが」



「……くるしい…」



言ってしまった。



今までずっと、

“大丈夫”って言ってたのに。



一瞬、静かになる。



世那が少しだけ近づく。



「最初からそう言えばいいのに」

小さく、ため息まじり。



「……だって」



「だって?」



「……へいきだとおもってたし…」

声が弱い。



「思ってただけでしょ」



「……」

何も言えない。



「ほら、力抜いて」

肩に手が置かれる。



「ゆっくり吐いて」



「……はぁ…っ」

言われるまま吐く。



少しずつ、呼吸が整う。



「そう、それでいい」



「……」

何も言えない。



「無理するからこうなる」

さっきより優しい声。



「……うるさい」

でも、弱い。



「うるさくていい」



「ちゃんと診るって言ったでしょ」



その一言。



なんか、

少しだけ安心してしまう。



「……やだ」

小さく呟く。



「なにが」



「……こういうの」



「どいういうの」



「……みられるの」



少しだけ沈黙。



「見ないと分かんないから」

静かに返される。



「……」



「でも」

少し間を置いて、



「ちゃんと隠せてないよ」



「……っ」

少しだけ悔しくなる。



「顔も、呼吸も、全部」



「……最悪」

小さく呟く。




「とりあえず」

カルテを閉じる音。



「点滴する」



「……は?」

顔を上げる。



「やだ」



「却下」



「なんで」



「このまま帰す方が無理」



「大丈夫だし…」



「そのセリフ禁止って言ったよね」

被せられる。



「……」

黙る。



「ほら、行くよ」



「行かない」



「歩ける?」



「……」

答えられない。



「はい決定」



「ちょ、まって…」



軽く腕を支えられる。

立ち上がるけど、少しふらつく。



「ほら」



「……っ」

そのまま支えられて、処置室へ。



ベッドに座らされる。



「……やだ」

小さく呟く。



「注射嫌い?」



「……嫌い」



「知ってる」

さらっと言われる。



「なんで」



「顔に書いてある」



「……なにそれ」

弱く返す。



「腕出して」



「やだ」



「出して」



「……やだってば」

少しだけ抵抗する。



世那が小さく息を吐く。



「じゃあこのまま帰る?」



「……」




「帰ってまた苦しくなるけど」



「……」

何も言えない。



「どっちがいい?」



「……やる」

小さく呟く。



「最初からそう言えばいいのに」



「……うるさい」



でも、ちゃんと腕を出す。



消毒。

ひやっとして、びくっとする。



「っ…」



「力抜いて」



「むり…」



「大丈夫」

低い声。



針が入る。



「っ……」

思わず目をぎゅっと閉じる。



「はい、終わり」



「……ほんと?」



「ほんと」



そっと目を開ける。

もう終わってる。



「……はや」



「でしょ」

少しだけ口元が緩む。



点滴がゆっくり落ちていく。



「少し寝てていいよ」



「……帰る」



「帰らない」



「……やだ」



「やだでも安静」



ベッドに軽く押される。



「……」

そのまま横になる。



少しして。



「……ねぇ」



「なに」



「どこいくの」



「どこも行かない」



視線を向けると、

すぐそばの椅子に座ってる。



「……」



「なに」



「……なんでもない」



目を逸らす。



少し沈黙。



点滴の音だけが静かに響く。



「……さっき」

ぽつっと声が出る。



「なに」



「……くるしいって言ったの」



「うん」



「……あんま言わないから」



「知ってる」



「……」



「だから言ったの偉い」

さらっと言われる。



「……は?」



「ちゃんと分かってるじゃん」



「……別に」



でも。

少しだけ、ほっとする。



「無理するなって言ったよね」



「……してないし」



「してる」



「……うるさい」



「うるさくていい」



同じやり取り。

でもさっきより、少しだけ柔らかい。



「終わるまでいるから」



「……なんで」



「途中で抜かれたら困る」



「抜かないし」



「信用ない」



「……ひど」



小さく笑う。



そのまま目を閉じる。



安心してるわけじゃない。



でも——



さっきより、少しだけ楽で。



隣に誰かいるのも、

悪くないと思ってしまう。






静かな処置室。

点滴の滴る音だけが、規則的に響く。



(……ねむい)

ぼんやりする意識のまま、

菜月はそのまま目を閉じる。



どれくらい経ったのか分からない。



「……ん」

ゆっくり目を開ける。



視界が、少しぼやけてる。

天井。

白いライト。



(ここ……)

思い出そうとした瞬間。



すぐ近くに、人影。



「……っ」

びくっとする。



「起きた?」

低い声。



「……っ、ちか…」

思わず小さく漏れる。



視界がはっきりしてくる。

目の前に——

世那の顔。

思ったより、近い。



「なにその反応」

少しだけ眉をひそめる。



「いや…近いんだけど…」

少し後ろに引こうとする。

でも、点滴で動けない。



「ああ、ごめん」

そう言いながらも、あんまり離れない。



「なんでそこにいんの」



「様子見てただけ」

さらっと。



「……普通もっと離れるでしょ」



「倒れられても困るし」



「倒れないし」



「さっき倒れかけてたけど」



「……」

言い返せない。



少し沈黙。



距離が、近いまま。



「……」

なんか、落ち着かない。



(なにこれ)

さっきより呼吸は楽なのに、

別の意味で変な感じ。



「顔、赤い」

ぽつっと言われる。



「は?」



「さっきより」



「それは…さっき苦しかったからでしょ」



「今は?」



「……知らない」

目を逸らす。



「ふーん」

少しだけ、口元が緩む。



「なにその顔」



「別に」



「なんかムカつく」



「ひど」

小さく笑う。



その距離のまま。



「……」

視線が合う。



逸らしたいのに、

なんか逸らせない。



(なんで)



変に意識してしまう。



「点滴、もうすぐ終わる」



「……そ」

少し安心する。



(この距離、やばい)

理由は分からないけど。



「終わったら帰る?」



「帰る」

即答。



「送るけど」



「いい」



「却下」



「なんで」



「一人で帰らせる気ない」



「大丈夫だし」



「そのセリフ禁止」



「……うるさい」



でも。



ほんとはちょっとだけ、

断るのが面倒で。



「……じゃあ、送るだけ」

小さく言う。



「最初からそう言えばいいのに」



「言ってないし」



「言ってる」



また同じやり取り。




菜月はまだ気づいてない。



このドキドキの正体も。



この距離が、

少しずつ特別になってることも。
< 5 / 18 >

この作品をシェア

pagetop