嘘つきな患者と、私の先生。

世那視点②

サイレンの音が近づいてきて、胸の奥がざわつく。


誰かの声、慌ただしい指示。


でも、視界の中心には、ストレッチャーに横たわる菜月。



(…っ…菜月…)



手を伸ばそうとしても、医療スタッフが周りを動き回る。

呼吸が浅い。体が小刻みに揺れる。


目の前の菜月の顔が、いつもよりずっと弱々しく見える。


「呼吸合わせて、吐いて」



低く、落ち着いた声で指示を出す自分。

でも内心は、必死に動悸を抑えている。

菜月のかすれた声。


「、、き、さら、ぎ、、、せ、んせ?」



聞こえた瞬間、胸がぎゅっとなる。

小さくうなずいて応えるその声だけで、少し安心できる。


(…いる。ここに、いるんだ)


手を取る。指先から伝わる小さな力の反応。

呼吸を合わせて、一緒に吐く。

少しずつ、少しずつだけど、呼吸が戻る。

頬にかかる汗。震える体。

だけど、命が戻ってきたことが分かる。


「大丈夫」


自分の声が届く。

力が抜けていく菜月の体を支えながら、思わず胸を撫でる。


「もう大丈夫」


針が入る瞬間も、手を強く握られたときも、呼吸が落ち着くように誘導する。


ぽつぽつと、聞こえてくる本音。


「…こわかった」


聞こえた瞬間、胸の奥の力が抜ける。


「もう大丈夫だから」と握った手を少し強く握り返す。

その温もりで、ようやく自分も少し落ち着く。



(…これで、もう大丈夫だ)



安心できた、と言える瞬間。

緊張がふっと緩む。


目を閉じた菜月の体は、まだ小さく震えている。

呼吸は安定してきたけれど、心配で手を離せない。


(…よかった…なんとか間に合った)


自分の胸の奥の緊張が、少しずつほどけていく。

ストレッチャーの上で小さく震える菜月を見下ろす。

その顔は、いつもよりずっと無防備で、守らなきゃという思いが強くなる。

医療スタッフが点滴や酸素の準備を進める中で、世那はただ、菜月のそばにいる。

手を離さず、体を少し傾けて耳元に自分の声を届ける。



「…大丈夫だよ」



小さな声。だけど、菜月の耳に届くことを願って。

その瞬間、呼吸のたびに胸が上下する感覚が、守れている証拠のように思える。



(これからは、無理させない)


自然に出た決意。

菜月が目を覚ますまで、ずっとそばにいる――そう心に誓う。

少し経って、スタッフが落ち着いた様子で周囲を整理する。


その間も、世那は横にしゃがみ、菜月の手を握ったまま見守る。


温かく、穏やかに、そして絶対に離さない。
その思いだけが、静かな病室に残る。


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