藤木部長にロックオン〜あの子のハートビームから逃げられない〜
お願いしたいシチュエーション


「はあ、今日も温人に会えた」

私は社宅のワンルームマンションに帰ってくると、ベッドに座ってうっとりと宙を見つめた。

「急に来たわよね、第31巻の7ページ目!」

いそいそと本棚から漫画を取り出し、そのページを開いてみる。

「ここよ、ここ! 温人が同期の春輔(しゅんすけ)と休憩室でばったり会って、屈託のない笑顔を浮かべるの。いつもクールな温人のこんな表情、なかなかお目にかかれないから、眼福ものなのよー」

まじまじとそのページを眺めながら、両手を頬に当てて身悶えた。

「うん、まさにこの角度からのこの笑顔。藤木部長ってどうしてこうもピタッと温人のポジションにはまるんだろう。不思議よね」

そう呟いてから、ふと思い立つ。

「じゃあさ、じゃあさ、いつかこのシーンも再現されるかな? くるみが資料室の上の棚からファイルを取ろうと背伸びしたら、後ろから温人が手を伸ばして、代わりに取るの。で、耳元で『これか?』って背後からささやいて。くるみが『うん』って頷いたら、そのままバックハグして『はい、落とすなよ』って。きゃー!」

私はベッドの上をゴロンゴロンと転げ回ってから、また別のページを開いた。

「あとさ、これもイチオシ。くるみが階段から足を踏み外した時、後ろからグイッと抱き留めるの。で、『ケガはないか?』って。くるみが顔を真っ赤にしながら涙目になったら、そのまま抱き上げて医務室へ運ぶのよー。で、『捻挫してるな』って言って、タクシーでうちまで送って行くの。『みんなに見られちゃう』ってくるみが言っても気にしないでさ」

はあ……と私は、甘酸っぱい気持ちで胸を詰まらせた。

「いいなぁ。こんな恋愛、実際にしてみたい」

しばらくして、私は自分の頭の中にムクムクと願望が広がるのを感じた。

(いや、だめよ、そんなこと。いくらなんでも、それだけは……)

必死で頭を振り、その願望を追い払おうとする。

(だって、そんなことしたら、藤木部長に全てを知られてしまう)

けれど、1度頭に浮かんだ願望は、そうたやすく諦めきれなかった。

「だめよ! 藤木部長に温人になりきって、好きなシーンを再現してもらうなんて。そんなのどうやってお願いするのよ?」

でもでも……

「あー! やってほしーい!」

私は叫びながらしばらく身悶えていた。
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