藤木部長にロックオン〜あの子のハートビームから逃げられない〜
診断の結果、骨には異常はなし。
中程度まではいかない軽度の捻挫と診断され、マジックテープ式のサポーターで足首を固定された。
「頓服の痛み止めも出しておきますね。最低でも1週間は安静にしてください」
「はい。ありがとうございました」
薬をもらい、会計も済ませると、再びタクシーで社宅に向かいながら俺は考える。
こうなったのは自分に非がある。
これ以上ケガを悪化させてはいけない。
この1週間、決して彼女に無理はさせまい。
仕事は休ませるとして、普段の生活をどうするかだ。
俺は赤石千夏に声をかけた。
「1週間は、彼女の様子を見てやってくれるか? 食事を運んだり、なるべく歩かせないように」
「あ、はい。それはもちろん。ですが、明日と明後日は、その、彼と旅行に行くことになっていまして……。月曜日からでしたら、お世話できます。あっ、でも会社があるか……」
困ったように呟く赤石千夏に、俺も落胆する。
「それなら、管理人さんは?」
「おばちゃんも、土日はお休みなんです。月曜からなら、お願いできるかも」
「そうか。だがその月曜日までが、1番安静にしなくてはいけないのに」
「ですよね」
二人でそっと片瀬くるみに目をやると、俺たちの会話が耳に入らないほど、辛そうな表情でぐったりとシートに身を預けている。
(なにか食べさせたら、すぐに痛み止めを)
タクシーが到着すると抱き上げて部屋に運び、スープリゾットを少し食べさせたところで、痛み止めも飲ませた。
ベッドに横になると、ふうと大きく息をつき、しばらくするとウトウトと眠り始める。
「くるみ、疲れが溜まってたのもあるでしょうね。文具フェスタの件が大詰めだったし」
心配そうに様子を見守りながら、赤石千夏が呟いた。
「そうだな」
それなのに、今日更に追い打ちをかけてしまった自分。
ケガをしているからと在宅ワークにさせ、結果として片瀬くるみ一人に全てを背負わせてしまった。
(部下を助けるはずの上司が、なんてことを)
うつむいてグッと奥歯を噛みしめていると、赤石千夏のスマホが立て続けにメッセージの着信音を鳴らす。
「大丈夫か?」
「あ、はい。それが……。仕事が終わったら彼のマンションに行く予定だったので、心配しているみたいで」
「そうなのか、悪かった。ここはもういいから、すぐに行きなさい」
「でも……くるみは?」
その時、赤石千夏のスマホに、今度は電話がかかってきた。
「ほら、早く出なさい。俺は外に出ているから」
そう言って立ち上がろうとすると、赤石千夏は「わかりました、旅行はキャンセルします」と言ってから通話ボタンをスワイプした。
「えっ、ちょっ、待て!」
伸ばした手も虚しく、赤石千夏は電話の相手である彼に事情を話す。
「そういう訳だから、今回はごめんね」
俺は、いかん!と焦った。
片瀬くるみだけでなく、赤石千夏までそんな目に遭わせる訳にはいかない。
「ちょっと電話代わって」
「え? はい」
半ば強引にスマホを奪うと、俺は赤石千夏の彼氏に話し出した。
「もしもし、突然失礼いたします。私は赤石千夏さんの直属の上司、藤木と申します。いつも彼女には大変お世話になっております」
この挨拶で合っているのか?
わからないが、電話の向こうの彼氏もビジネスライクに『こちらこそ、お世話になっております』と返してきた。
「この度は私の監督不行き届きにより、赤石千夏さんの友人でもある私の部下にケガを負わせてしまいました。赤石千夏さんは彼女を心配し、あなたとの旅行をキャンセルしてまで、彼女に付き添うと言っています。私は上司として、これ以上部下に負担はかけられません。どうか赤石千夏さんと旅行に行ってください。よろしくお願いいたします」
頭を下げると、『私にまでわざわざそんな……』と恐縮した声がした。
『承知しました。赤石千夏は私が責任を持って旅行に連れ出します』
「ありがとうございます。どうかくれぐれもよろしくお願いします」
このセリフで合っているのか?
わからないが、彼氏もビジネスライクに『かしこまりました。どうぞお任せください』と返してきた。
「という訳だから、君は早く彼氏のマンションに行きなさい」
スマホを渡しながらそう言うと、赤石千夏は「でも……」と片瀬くるみに目をやる。
「くるみを一人にはできません」
「それなら俺が面倒見るから」
「えっ、そうなんですか!?」
俺は赤石千夏の驚きように面食らった。
そうなんですかとは、どうなんですか?
だが赤石千夏は嬉々として「わかりました。今くるみの荷物を用意しますね」と目を輝かせる。
「え? あの……」
「部長、ちょっとあっち向いててください。クローゼットを開けて着替えを用意するので」
「あ、うん、わかった」
備え付けの大きなクローゼットの中に、衣類の引き出しなども入れているのだろう。
赤石千夏はゴソゴソと引き出しを開けて探り、バスルームにも行ってから、ボストンバッグを抱えて戻って来た。
「はい、できました。今くるみを起こしますね」
「え? いや」
戸惑う俺を尻目に、赤石千夏は片瀬くるみを揺すり起こす。
「くるみ、くるみ? これから藤木部長の部屋に移動するよ」
「ええー!?」
これは俺の声だ。
「しばらく安静にしないといけないでしょ? だから部長が面倒見てくれるって」
「そんな……」
これも俺の声だ。
「いいよね? くるみ」
「うん」
これは片瀬くるみの声だ。
「荷物はまとめておいたから。下着と着替えと化粧品もね。じゃあ、またタクシー呼ぶね。藤木部長、くるみを運ぶのをお願いできますか?」
「あ、ああ、わかった」
そうして赤石千夏は、呼んでおいたタクシーに俺と片瀬くるみの荷物をポイポイと載せ、「部長、よろしくお願いします。じゃあね、くるみ。お大事にー」と笑顔で手を振った。
中程度まではいかない軽度の捻挫と診断され、マジックテープ式のサポーターで足首を固定された。
「頓服の痛み止めも出しておきますね。最低でも1週間は安静にしてください」
「はい。ありがとうございました」
薬をもらい、会計も済ませると、再びタクシーで社宅に向かいながら俺は考える。
こうなったのは自分に非がある。
これ以上ケガを悪化させてはいけない。
この1週間、決して彼女に無理はさせまい。
仕事は休ませるとして、普段の生活をどうするかだ。
俺は赤石千夏に声をかけた。
「1週間は、彼女の様子を見てやってくれるか? 食事を運んだり、なるべく歩かせないように」
「あ、はい。それはもちろん。ですが、明日と明後日は、その、彼と旅行に行くことになっていまして……。月曜日からでしたら、お世話できます。あっ、でも会社があるか……」
困ったように呟く赤石千夏に、俺も落胆する。
「それなら、管理人さんは?」
「おばちゃんも、土日はお休みなんです。月曜からなら、お願いできるかも」
「そうか。だがその月曜日までが、1番安静にしなくてはいけないのに」
「ですよね」
二人でそっと片瀬くるみに目をやると、俺たちの会話が耳に入らないほど、辛そうな表情でぐったりとシートに身を預けている。
(なにか食べさせたら、すぐに痛み止めを)
タクシーが到着すると抱き上げて部屋に運び、スープリゾットを少し食べさせたところで、痛み止めも飲ませた。
ベッドに横になると、ふうと大きく息をつき、しばらくするとウトウトと眠り始める。
「くるみ、疲れが溜まってたのもあるでしょうね。文具フェスタの件が大詰めだったし」
心配そうに様子を見守りながら、赤石千夏が呟いた。
「そうだな」
それなのに、今日更に追い打ちをかけてしまった自分。
ケガをしているからと在宅ワークにさせ、結果として片瀬くるみ一人に全てを背負わせてしまった。
(部下を助けるはずの上司が、なんてことを)
うつむいてグッと奥歯を噛みしめていると、赤石千夏のスマホが立て続けにメッセージの着信音を鳴らす。
「大丈夫か?」
「あ、はい。それが……。仕事が終わったら彼のマンションに行く予定だったので、心配しているみたいで」
「そうなのか、悪かった。ここはもういいから、すぐに行きなさい」
「でも……くるみは?」
その時、赤石千夏のスマホに、今度は電話がかかってきた。
「ほら、早く出なさい。俺は外に出ているから」
そう言って立ち上がろうとすると、赤石千夏は「わかりました、旅行はキャンセルします」と言ってから通話ボタンをスワイプした。
「えっ、ちょっ、待て!」
伸ばした手も虚しく、赤石千夏は電話の相手である彼に事情を話す。
「そういう訳だから、今回はごめんね」
俺は、いかん!と焦った。
片瀬くるみだけでなく、赤石千夏までそんな目に遭わせる訳にはいかない。
「ちょっと電話代わって」
「え? はい」
半ば強引にスマホを奪うと、俺は赤石千夏の彼氏に話し出した。
「もしもし、突然失礼いたします。私は赤石千夏さんの直属の上司、藤木と申します。いつも彼女には大変お世話になっております」
この挨拶で合っているのか?
わからないが、電話の向こうの彼氏もビジネスライクに『こちらこそ、お世話になっております』と返してきた。
「この度は私の監督不行き届きにより、赤石千夏さんの友人でもある私の部下にケガを負わせてしまいました。赤石千夏さんは彼女を心配し、あなたとの旅行をキャンセルしてまで、彼女に付き添うと言っています。私は上司として、これ以上部下に負担はかけられません。どうか赤石千夏さんと旅行に行ってください。よろしくお願いいたします」
頭を下げると、『私にまでわざわざそんな……』と恐縮した声がした。
『承知しました。赤石千夏は私が責任を持って旅行に連れ出します』
「ありがとうございます。どうかくれぐれもよろしくお願いします」
このセリフで合っているのか?
わからないが、彼氏もビジネスライクに『かしこまりました。どうぞお任せください』と返してきた。
「という訳だから、君は早く彼氏のマンションに行きなさい」
スマホを渡しながらそう言うと、赤石千夏は「でも……」と片瀬くるみに目をやる。
「くるみを一人にはできません」
「それなら俺が面倒見るから」
「えっ、そうなんですか!?」
俺は赤石千夏の驚きように面食らった。
そうなんですかとは、どうなんですか?
だが赤石千夏は嬉々として「わかりました。今くるみの荷物を用意しますね」と目を輝かせる。
「え? あの……」
「部長、ちょっとあっち向いててください。クローゼットを開けて着替えを用意するので」
「あ、うん、わかった」
備え付けの大きなクローゼットの中に、衣類の引き出しなども入れているのだろう。
赤石千夏はゴソゴソと引き出しを開けて探り、バスルームにも行ってから、ボストンバッグを抱えて戻って来た。
「はい、できました。今くるみを起こしますね」
「え? いや」
戸惑う俺を尻目に、赤石千夏は片瀬くるみを揺すり起こす。
「くるみ、くるみ? これから藤木部長の部屋に移動するよ」
「ええー!?」
これは俺の声だ。
「しばらく安静にしないといけないでしょ? だから部長が面倒見てくれるって」
「そんな……」
これも俺の声だ。
「いいよね? くるみ」
「うん」
これは片瀬くるみの声だ。
「荷物はまとめておいたから。下着と着替えと化粧品もね。じゃあ、またタクシー呼ぶね。藤木部長、くるみを運ぶのをお願いできますか?」
「あ、ああ、わかった」
そうして赤石千夏は、呼んでおいたタクシーに俺と片瀬くるみの荷物をポイポイと載せ、「部長、よろしくお願いします。じゃあね、くるみ。お大事にー」と笑顔で手を振った。