藤木部長にロックオン〜あの子のハートビームから逃げられない〜
味わって食べる片瀬くるみに少しホッとしてから、俺は改めて頭を下げた。

「今回のことは俺の責任だ。本当に悪かった」
「いえ、部長は何も悪くありません。私が勝手に階段を踏み外して、しかも自宅でも床に散らかした紙で足を滑らせたんですから。本当に抜けてますよね、私って」
「いや、とんでもない。君は誰よりも優秀で、頼りになる部下だ。俺の方こそ君に助けられ、教えられた」

え?と、片瀬くるみが首をかしげる。

「クライアントから追加の依頼を受けた時、俺は即座に無理だと判断した。日数が短いし、業者との兼ね合いもあって、引き受けるのは危険だと。だが君は見事にやり遂げてみせた。感服したよ。とは言え、やっぱりそれは並大抵のことではなかったんだな。君は周りに助けてくれる人がいない状況で、ケガのことも忘れて必死でこなしてくれたんだろう? あの部屋をひと目見て、ようやくそのことに気づいた。本当に申し訳ない」
「部長……」

頭を下げる俺に、片瀬くるみは明るく笑った。

「そんなふうに言われたの、初めてです。実際に私を見ていてくれて、言葉をかけてくれるなんて。なかなかいいですね、現実世界も」
「…………は?」

俺は目が点になる。

「君、いつもはどこか違う世界にいるのか?」
「半分そうです。夢と現実を彷徨いながら生きてきました」
「はあ……」

こういう時の返し文句は、ビジネスのマナー研修で習っただろうか?

「ずっとずっと、自分で自分に言い聞かせてきたんです。がんばってるな、えらいぞって、好きな人に言われていると想像して。だけど現実にそう言われると、直接心に響きますね。部長に抱き上げられた腕の温かさも、心強さも、すごく安心しました」

こういう時の返しも、もちろんマナー研修ではやらなかった。

(現実にそう言われると……か。そう言えば以前、片想いをしていると言っていたな。相手はそう、はるとさん)

なぜ片想いなのだろう?
気持ちを打ち明けて両想いになれば、実際に「がんばってるな」と言ってもらえるし、抱きしめてもくれるだろうのに。

そう思っていると、片瀬くるみは目をトロンとさせて呟く。

「お腹がいっぱいになったら、また眠くなってきちゃった……」
「そうか、安心して眠って」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」

横になるなりスーッと気持ち良さそうな寝息を立てる片瀬くるみを、俺はしばらくベッドに腰掛けて見守っていた。
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