藤木部長にロックオン〜あの子のハートビームから逃げられない〜
「そういえば、赤石さんが心配してたよ」

食後にミルクと砂糖を入れたコーヒーを私に手渡しながら、部長が言う。

「はい、さっきメッセージもらいました。あ、ありがとうございます」

コーヒーカップを受け取ると、私はひと口飲んでから「美味しい」と呟く。

部長はそんな私に目を細めてから「赤石さん、なんて?」と尋ねた。

「それが、その……。今日も部長のところにいるなら、このまま金曜日までいさせてもったら? と。すみません、そんなのご迷惑ですよね」

恐縮すると、部長は「いや」と首を振る。

「俺もその方がいいと思う。木曜日まで午後は在宅ワークにしていいと、人事部の部長に言われたんだ。その間に評価シートを仕上げるようにと。金曜日は文具フェスタのスタンプラリー台紙と景品が届き次第、すぐに検品して車でフォーラムに運ぶ。ここにも立ち寄るから、君も一緒に」

私はパッと部長を見上げた。

「はい! よろしくお願いします」
「ん。その代わり、それまではちゃんとここで安静にすること。悪化したら連れて行かないからな?」
「うっ、はい。わかりました」
「素直でよろしい。フォーラムの為なら何でも言うこと聞きそうだな。そんなに大事か?」

聞かれて私は大きく頷く。

「もちろんです。1からデザインを考えて、何度も練り直して、ようやく形になった大切な作品ですから。会場に掲げられる大きな看板も、手渡される場内マップも、それからスタンプラリーの台紙とロゴ入りのミニステンレスボトルも。まるで我が子の発表会みたいな気分です」
「ふうん……。本当に仕事が好きなんだな」
「仕事が好き、というよりは、やってみたら楽しくなったという感じです。最初は何もわからず手探りでしたが、クライアントのご希望に応えようと必死になっているうちに」

え?と部長は首をひねった。

「デザインが好きでうちの会社に入ったんじゃないのか?」
「違います。美大出身でもなければ、絵もすごく下手で」
「じゃあなんでうちに? あ、俺みたいにシステム開発とか、コンピュータグラフィックスの方に興味があったからか?」
「えっと、それも少しはありますが、大企業に憧れたのが1番の理由です。憧れの世界に入りたいと思って。入社面接でも正直にそうお話ししたんですけど、どうやらその理由が逆に新鮮だったらしくて、採用していただけて」
「いや、そこは君の実力だろう。現にこうして今、大きな案件を一人でこなしてくれている」
「いえ。営業課の担当者がとても親身になってくれるので、いつも助けられています。私一人ではとても……」

すると少し考える素振りのあと、部長はポツリと尋ねる。

「もしかして……葛原くんのこと?」
「はい、そうです。私が悩んだり追い込まれたりすると、『大丈夫、ちゃんとできてるよ。このままでいいから、最後までやってごらんよ』って、励ましてくれるんです。営業マンって、明るくてポジティブで、いいですね」
「……彼は君こそすごいと言っていたけど」
「え? 部長、葛原さんをご存じなのですか?」
「電話で話した。ほら、君がケガをした日に、スタンプラリー台紙と景品の件で」

ああ!と私は思い出した。
部長がその件で私に電話をくれたのは、クライアントから葛原さんに依頼が来たからだったっけ。

「葛原くんこそ、君を褒めていた。クライアントからも信頼されていて、『片瀬さんならやってくれる』と。実は最初に電話を受けた時、俺は即座に無理だと伝えたんだ。だけど葛原くんに、君は依頼を断ったことがないと言われてね。半信半疑で君に聞いてみた。そして君は、見事なまでにやってのけた。俺は自分の部下を信頼せず、すぐに断った自分を恥じたよ」
「そうだったんですか。葛原さんがそんなことを……」

私は入社してからこれまでのことを思い出す。
デザインに関しての知識もまるでなかった私に、最初に依頼してくれたのが葛原さんだった。

手際も悪く、自分でも納得のいかないデザインしか描けなかったが、「片瀬さんは、理想の形を思い描いて追求し続ける粘り強さがある。営業マンも、最後まで諦めない人が契約を掴めるんだ。大丈夫! このままがんばれば、きっといいものができるよ」という言葉を信じてここまでやって来られた。

「今の私があるのは、もちろん先輩方が指導してくださったからなのですけど、違う課の葛原さんの存在もとても大きいです。大企業に勤めたい、なんて不純な動機で入社した私が、今ではグラフィックデザインを心から好きだと言える。それは葛原さんのおかげなのです」
「そうか」

部長は視線を落とすと、何やら難しい表情で考え込む。

「すみません、違う部署のお話をしてしまって……」
「いや、とんでもない。うちの部にも、そんなふうにいい影響を与えてくれるなんてな。葛原くんの評価シートも書きたいくらいだ」
「ふふっ、はい」
「さてと。じゃあ仕事するか」
「私も別の案件のデザイン、進めておきますね」

その後は二人で集中して、パソコンに向かっていた。
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