藤木部長にロックオン〜あの子のハートビームから逃げられない〜
次の日も、藤木部長は午前中だけ出社して、昼過ぎには帰宅する。
私は足首に無理のない範囲で掃除や洗濯をし、ネットスーパーで頼んだ食材で料理を作った。
痛みはもうないけれど、もしまた悪化して文具フェスタに行けなくなるのだけは嫌だ。
(あと2日間おとなしくしてれば、金曜日にはフォーラムに連れて行ってもらえる!)
それだけを楽しみに、部長のマンションでテレワークに励んだ。
部長は私と一緒に昼食を食べると、ダイニングテーブルでパソコンに向かう。
グラフィックデザイン部のメンバーの評価シートを作成中とのことで、私はなるべく近づかないようにと気をつけた。
ソファに座って新規のデザインを考えていると、ふと視線を感じて顔を上げる。
部長がじっと私を見つめていた。
「あの、部長?」
「なんだ?」
「ひょっとして……、今私の評価シートを書いてますか?」
「おお、よくわかったな」
「それはわかりますよ。そんなに露骨に視線を送って、考え込まれたら」
ははっ!と部長は楽しそうに笑う。
「なんかさ、ケガをする前と今とでは、君への評価が違っている気がして。昔はどうだったかと思い出していた。すっごい仕事ができる印象だったなって」
「ええ!? それって、今は仕事ができないやつだってことですか?」
「いや、どうだろな……。とりあえずボブヘアは見慣れた」
「……はい?」
なぜか会話が噛み合わない。
だけど評価シートについてあれこれ詮索してはいけないと、私はまた自分の仕事に戻った。
(ケガをする前と今とでは、か)
部長の言葉を思い返していて、ハッと気づく。
(私、温人に会ってない!)
毎朝毎晩、必ず漫画を開いて温人に語りかけていたというのに、ここ数日その姿を見ていない。
それどころか、その存在すら忘れていた。
(なんてこと……。私は温人を裏切ってしまったというの?)
思わず両手で頬を押さえる。
(今まで何年も私を支えてくれた温人を、たとえ数日でも忘れてしまうなんて……)
これまでの自分では考えられない。
呆然としていると、部長が心配そうに「どうかしたか?」と声をかけてきた。
「私、いつの間にか傲慢な人間になっていたのですね。初心忘るべからずというのに……」
「ん? どうした、急に」
「彼への感謝の気持ちを決して忘れないと、心に誓っていたのに……」
「ああ、もしかして片想いの? ずっと言おうと思ってたんだが、思い切ってその彼に気持ちを打ち明けてみたらどうだ?」
「そんなことできません。彼は私にとって、手の届かない存在だから。それでも構わない、ただ心の中にいてくれるだけでいいって思っていたはずなのに」
どうして忘れていたのだろう。
自分の部屋ではないから、漫画が目につかなくて?
その程度の存在だったというの?
もう10年以上も、私の大切な心の拠り所だったのに。
涙が込み上げそうになり、必死にこらえていると、立ち上がった部長がソファまで来て隣に座った。
「大丈夫か?」
心配そうに顔を覗き込むと、私の頭に優しく手を置く。
「無理するな。伝えたいことを我慢したままだと、自分が辛くなるだけだ。断られるのが怖くて、伝えられない気持ちもよくわかる。だけど、どうせ悩むなら打ち明けてみたらどうだ? 無責任なことを言うようだけど、俺はきっとうまくいくと思う。客観的に見て君は魅力的な女性だし、仕事もできる。クライアントに信頼されるくらいにね。友人にも慕われているし、同僚に感謝の気持ちを忘れない。そんな君を断る男なんて……あ、しまった」
言葉の途中で顔をしかめる部長に、私はどうしたのかと顔を上げる。
「……ちょっと、今のは忘れてくれ」
「え? 私はやっぱり、そんな人間ではないと?」
「違うんだ。そう思ってはいるが、言ってはいけなかった」
ぱちぱちと瞬きしながら首をひねり、ようやく私は気づく。
部長が評価シートを書いている途中だったことに。
「ふふっ、はい。聞かなかったことにします」
「ああ。けど、今のは俺の本音だからな。ただちょっと、心の声が漏れただけだ。言ってはいない」
「あはは! わかりました。私も聞こえてはいません。ただ心の中に届いただけで」
そう言ってから、自分の言葉を噛みしめる。
(うん、本当に心の中に届いた。部長の言葉が)
私は顔を上げると、部長に「ありがとうございます」と笑いかける。
部長も頷いて、私の頭に優しくポンポンと手を置いた。
私は足首に無理のない範囲で掃除や洗濯をし、ネットスーパーで頼んだ食材で料理を作った。
痛みはもうないけれど、もしまた悪化して文具フェスタに行けなくなるのだけは嫌だ。
(あと2日間おとなしくしてれば、金曜日にはフォーラムに連れて行ってもらえる!)
それだけを楽しみに、部長のマンションでテレワークに励んだ。
部長は私と一緒に昼食を食べると、ダイニングテーブルでパソコンに向かう。
グラフィックデザイン部のメンバーの評価シートを作成中とのことで、私はなるべく近づかないようにと気をつけた。
ソファに座って新規のデザインを考えていると、ふと視線を感じて顔を上げる。
部長がじっと私を見つめていた。
「あの、部長?」
「なんだ?」
「ひょっとして……、今私の評価シートを書いてますか?」
「おお、よくわかったな」
「それはわかりますよ。そんなに露骨に視線を送って、考え込まれたら」
ははっ!と部長は楽しそうに笑う。
「なんかさ、ケガをする前と今とでは、君への評価が違っている気がして。昔はどうだったかと思い出していた。すっごい仕事ができる印象だったなって」
「ええ!? それって、今は仕事ができないやつだってことですか?」
「いや、どうだろな……。とりあえずボブヘアは見慣れた」
「……はい?」
なぜか会話が噛み合わない。
だけど評価シートについてあれこれ詮索してはいけないと、私はまた自分の仕事に戻った。
(ケガをする前と今とでは、か)
部長の言葉を思い返していて、ハッと気づく。
(私、温人に会ってない!)
毎朝毎晩、必ず漫画を開いて温人に語りかけていたというのに、ここ数日その姿を見ていない。
それどころか、その存在すら忘れていた。
(なんてこと……。私は温人を裏切ってしまったというの?)
思わず両手で頬を押さえる。
(今まで何年も私を支えてくれた温人を、たとえ数日でも忘れてしまうなんて……)
これまでの自分では考えられない。
呆然としていると、部長が心配そうに「どうかしたか?」と声をかけてきた。
「私、いつの間にか傲慢な人間になっていたのですね。初心忘るべからずというのに……」
「ん? どうした、急に」
「彼への感謝の気持ちを決して忘れないと、心に誓っていたのに……」
「ああ、もしかして片想いの? ずっと言おうと思ってたんだが、思い切ってその彼に気持ちを打ち明けてみたらどうだ?」
「そんなことできません。彼は私にとって、手の届かない存在だから。それでも構わない、ただ心の中にいてくれるだけでいいって思っていたはずなのに」
どうして忘れていたのだろう。
自分の部屋ではないから、漫画が目につかなくて?
その程度の存在だったというの?
もう10年以上も、私の大切な心の拠り所だったのに。
涙が込み上げそうになり、必死にこらえていると、立ち上がった部長がソファまで来て隣に座った。
「大丈夫か?」
心配そうに顔を覗き込むと、私の頭に優しく手を置く。
「無理するな。伝えたいことを我慢したままだと、自分が辛くなるだけだ。断られるのが怖くて、伝えられない気持ちもよくわかる。だけど、どうせ悩むなら打ち明けてみたらどうだ? 無責任なことを言うようだけど、俺はきっとうまくいくと思う。客観的に見て君は魅力的な女性だし、仕事もできる。クライアントに信頼されるくらいにね。友人にも慕われているし、同僚に感謝の気持ちを忘れない。そんな君を断る男なんて……あ、しまった」
言葉の途中で顔をしかめる部長に、私はどうしたのかと顔を上げる。
「……ちょっと、今のは忘れてくれ」
「え? 私はやっぱり、そんな人間ではないと?」
「違うんだ。そう思ってはいるが、言ってはいけなかった」
ぱちぱちと瞬きしながら首をひねり、ようやく私は気づく。
部長が評価シートを書いている途中だったことに。
「ふふっ、はい。聞かなかったことにします」
「ああ。けど、今のは俺の本音だからな。ただちょっと、心の声が漏れただけだ。言ってはいない」
「あはは! わかりました。私も聞こえてはいません。ただ心の中に届いただけで」
そう言ってから、自分の言葉を噛みしめる。
(うん、本当に心の中に届いた。部長の言葉が)
私は顔を上げると、部長に「ありがとうございます」と笑いかける。
部長も頷いて、私の頭に優しくポンポンと手を置いた。