藤木部長にロックオン〜あの子のハートビームから逃げられない〜
恋に恋して


「ただいま……」

夜になり、藤木部長に社宅マンションまで車で送ってもらった私は、小さく呟いて電気を点ける。

見慣れたはずの自分の部屋が、なぜか冷たく感じた。

窓を開けて換気しながら洗濯機を回し、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してベッドに腰掛ける。

ひと口飲むと、私は目の前のクローゼットを開けて、本棚にズラリと並んだ漫画を1冊取り出した。

いつもは温人にうっとり見とれていたが、今はパラパラとめくって見ても、どこか他人事のような気がする。

温人がヒロインをお姫様抱っこするお気に入りの場面も、妙に淡々としながらページをめくった。

(このシーン、いつも目がハートになりそうな勢いで読んでたけど、実際されると違うよね。あまりの顔の近さに恥ずかしくて視線を上げられないし、胸のドキドキが伝わったらどうしようって緊張するし)

そう、藤木部長に抱き上げられる度に、大きな胸に頬を寄せて身を固くしていたっけ。

(とてもじゃないけど、好き好きー! なんてハートビームは出せないよ、現実では。私、何も知らなかったんだな。男の人の腕があんなにたくましくて温かいのも、本当に好きな気持ちは気づかれないように心に仕舞っておきたくなるのも)

そこまで考えて、えっ?と自分の言葉を振り返る。

(本当に好きな気持ち? それって、温人を?)

いや、違うよね。
温人への気持ちは、好き好きー!ってアピールしたくなる。

(それって、恋に恋してたってことなのかな?)

温人を通して恋愛を疑似体験していただけ。
こんなふうにされたら、胸がキュンとするだろうな、と。

(じゃあ、実際に藤木部長にされた時は? 温人が好きで、温人と重ね合わせてたからキュンとしてただけ?)

それも違う。
なぜなら、藤木部長に頭をポンポンとされた時もキュンとしたから。
それは漫画にないシーン。
温人と重ね合わせた訳じゃない。

(いつの間にか、好きになってたの? その……藤木部長のことを。それとも、実際にそんなことをされたのが初めてだったから、シチュエーションにキュンとしただけ?)

自分で自分の気持ちがわからない。
だけど確実に以前とは違う。

私は漫画の中ではなく、現実の世界で恋愛を始めていた。
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