藤木部長にロックオン〜あの子のハートビームから逃げられない〜
翌日の土曜日。
朝から掃除や洗濯をして、スーパーに買い物にも出かけた。

足首はもう痛みも違和感もないけど、念の為サポーターは着けている。

そろそろお昼ご飯を作ろうかと思っていると、ピンポンとチャイムが鳴った。

「くるみー、いる?」
「あ、千夏! 今開けるね」

玄関を開けると、千夏は両手でトレイを持っていた。

「冷やし中華作ったんだ。お昼一緒に食べない?」
「食べるー! ありがと」

千夏がローテーブルにお皿を並べ、私は麦茶とお箸を用意する。

「いただきます」と手を合わせて、二人で食べ始めた。

「んー、美味しい!」
「そう? よかった。夏と言えば冷やし中華よね」
「うん。梅雨明けしたら、一気に暑くなったもんね」

美味しく食べ終えると、お茶を飲みながら改めて千夏が尋ねる。

「足首はどう?」
「うん、もう平気。色々ありがとう。月曜日から出社するね」
「そっか、よかった。でも1週間も藤木部長のところにいたなんてね。くるみには刺激が強すぎた? 毎日ハートビーム出し過ぎて、鼻血まで出ちゃわないかって心配したよ。あはは!」

冗談ぽく笑う千夏に、私は一緒になって笑えなかった。

「え、くるみ? ちょっと、どうかしたの?」
「いや、その。ハートビームどころか、恥ずかしくて緊張してばかりだったから」
「は? それって、藤木部長に?」
「それがわからなくて。初めてのシチュエーションに緊張しただけかも……」

すると千夏は、むむっと腕を組む。

「ねえ、くるみ。藤木部長のところにいる間、温人のことはどうだったの? 私、着替えの荷物をまとめた時、本棚の漫画も入れようかと悩んだんだよ。だけど温人から離れるいい機会かなと思って、やめたんだ。やっぱり漫画が恋しくなった?」
「それが、ならなくて……。というより、忘れちゃってて」
「ええー!? くるみが温人のことを忘れてた?」

千夏は仰け反って驚くと、呆然と呟く。

「くるみにそんな日が来るなんて……。温人温人って、毎日念仏みたいに唱えてたのに?」
「ごめん、うっとうしかった?」
「かなりね。でも、そうか。それってさ、藤木部長に惹かれたってことよね?」

そう言われると答えようがなく、私はうつむいた。

「違うと思うんだけど、自分でもよくわからなくて。とにかくなんだか恥ずかしくて、緊張したのを覚えてる。あと、胸がキュッて締めつけられて、苦しくて」
「くるみ……。それ、完全に恋の病だと思うけど?」
「うーん、男性と二人きりが初めてだったせいじゃないかな? 相手が誰でもそうなったと思う。ほら、私今まで温人としかつき合ったことないから」
「いやいやいや、温人ともつき合ってないからね? でも、そっかー。何はともあれ、大きく前進だね。だってくるみが、ようやく現実に目を向けるようになったんだもん。想像じゃなく、実際に経験してさ」
「でも、どうしていいのかわからない。自分の気持ちも持て余しちゃうし……」

困り果てる私に、千夏は身を乗り出して明るく笑う。

「大丈夫! みんな最初はそうだって。考え過ぎずに、自分の心に素直になればいいだけよ」
「素直になる? それって、どうやるの?」
「そのままよ。楽しいなって思ったら笑って、好きだなって思ったら『好き』って伝える」
「好きって思えなければ?」
「言葉が思い浮かばないだけかもしれないでしょ? 気持ちに名前がつけられないだけ。そんな時は無理に言葉にしなくていいけど、心にフタをしちゃだめよ」

心にフタ……?と、私は首をかしげた。

「例えば、すぐ隣に並んで手が少し触れても嫌じゃないとか、一緒にいるこの時間がもっと続けばいいな、とか。素直に湧き出て来る自分の気持ちを否定しないこと。この人のこと好きなの? 嫌いなの? って自問自答して、白黒ハッキリしなくてもいいからね」
「そうなんだ。そう考えると気が楽になる」
「うんうん。まずは自分の中に芽生えた小さな気持ちを大切にね」
「わかった。ありがとう、千夏」
「どういたしまして。それにしても、なーんか可愛くなっちゃって」
「え、誰が?」
「もちろん、くるみが! 言葉にしなくても、私には伝わってくるけどねー」

そう言うと千夏は、何やら含み笑いをしながらお茶を飲んだ。
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