藤木部長にロックオン〜あの子のハートビームから逃げられない〜
「間に合った! やったー、ボトルゲット!」

5つスタンプを集めて受付に行くと、無事に景品のミニステンレスボトルを手渡され、片瀬くるみは満面の笑みを浮かべる。

「よかったな」
「はい! ふう、これでようやく落ち着いて買い物できます」
「ははっ! なんかソワソワしながら選んでたもんな」
「そうなんですよ。じっくり吟味したいけど、急がなきゃって」
「じゃあ、あとはのんびり見て回ろう」

はい、と片瀬くるみが頷いた時、あれ?と後ろから声をかけられた。

「誰かと思ったら、片瀬さん? 藤木部長も」

振り返ると、スーツ姿の葛原くんが驚いたように近づいてきた。

「葛原さん! お疲れ様です。お仕事ですか?」
「ああ。景品に不備がないか、配布終了までは連日見届けようと思ってね。それより見違えたよ、片瀬さん。一瞬誰だかわからなかった」

俺はようやくハッとする。

(そうだ、彼女の片思いの相手はおそらくこの葛原くん。まさか今日の彼女の服装に対して、会社での方がいい、なんて言うなよ?)

そう思っていると、葛原くんは嬉しそうに目を細めた。

「こんな雰囲気の片瀬さん、初めて見る。可愛らしいね」

えっ!と声を上げそうになり、俺は慌てて言葉を呑み込んだ。

(それは本心か? 社交辞令ではなく?)

片瀬くるみを見つめる葛原くんは、甘い雰囲気を漂わせていて、お世辞を言っている訳ではなさそうだ。

(それなら彼女も、普段から肩肘張る必要がなくなる。このまま葛原くんに告白すれば、断られることはないだろう)

どこか寂しさを覚えながらも、俺はさり気なく二人きりにさせることにした。

「ちょっと飲み物を買ってくる。待ってて」

そう言い残して歩き出す。

休憩スペースの自動販売機でブラックコーヒーを2本と、甘いカフェオレを1本買うと、二人の視界に入らないよう、様子をうかがいながら戻った。

「片瀬さん」

周りのざわめきに混じって、葛原くんの声が聞こえてくる。

「実は前から、片瀬さんのこといいなと思っていたんだ。よかったら俺とつき合ってくれませんか?」

俺は立ち止まり、視線を落とした。

1つ息を吸ってから、くるりと向きを変える。

(よかったな……)

心の中でそう呟きながら立ち去ろうとした時、片瀬くるみの声がした。

「ごめんなさい。あなたとはおつき合いできません」

えっ!と、俺は今日一番の驚きに、思わず振り返って二人を見た。

「それは、藤木部長とおつき合いしているから?」

違う違う、そうじゃない!
俺はその場から叫びそうになる。

すると片瀬くるみがふと視線を上げて、「あ、部長」と俺を見た。

マズイ、と俺は背を向け、いやそれもマズイと思い直してまた向きを変える。

(何をくるくる回ってるんだ、俺は)

とにかく今は、葛原くんの誤解をとかなければ。
いや待て、なぜ片瀬くるみは葛原くんの告白を断った?

二人よりも、俺の方が動揺しているかもしれない。

やがて片瀬くるみは、落ち着いた表情でもう一度葛原くんに告げた。

「藤木部長のような立派な方と私がおつき合いなんて、めっそうもないです。私は誰ともつき合っていません。でもあなたとおつき合いしたいとも思えないのです。ですので、どうか諦めてください」

そう言って葛原くんに頭を下げてから、ふわりとスカートを翻して俺に駆け寄る。

「部長、飲み物ありがとうございます」
「ああ、うん」

俺が差し出した甘いカフェオレを笑顔で受け取る片瀬くるみに、葛原くんが呟いた。

「片瀬さん、ブラック派じゃなかったんだ」
「はい、実は甘党です」

葛原くんに答えてから、「部長、こっちは葛原さんに?」と俺が手にした缶コーヒーを指差した。

俺が頷いて手渡すと、片瀬くるみはそのブラックコーヒーを葛原くんに差し出す。

「葛原さん、お仕事お疲れ様です」
「ありがとう。藤木部長、ごちそうさまです」

ああ、いや、と俺が言葉少なに返事をすると、葛原くんはさわやかな笑顔を浮かべた。

「片瀬さんが甘党だと知っている男性は、きっと藤木部長だけですね」
「え?」
「それでは、失礼します」

お辞儀をしてから去っていく葛原くんの後ろ姿を、俺はしばし呆然と見つめていた。
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