没落令嬢ですが偵察の一夜をきっかけに皇太子に溺愛されています
「殿下……近こうございます」

なんとか絞り出した声は、情けないほど小さかった。

「照れるか」

「……はい」

否定できなかった。

こんな状況で平然としていられるほど、慣れてはいない。

すると、彼はわずかに目を細めた。

「素直な女だな」

その声音は、どこか面白がるようでいて――

同時に、やけに柔らかかった。

(この方、本当に女嫌いなの……?)

噂で聞いていた冷たい印象とは、どこか違う。

むしろ今は――からかうようで、けれど優しく距離を詰めてくる。

その矛盾に、心が落ち着かない。

湯気に包まれた空間の中で、私はただ必死に、乱れる鼓動を抑えようとしていた。

湯浴びを終えた皇太子殿下は、濡れた髪を軽くかき上げながら、執務室へと向かった。
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