没落令嬢ですが偵察の一夜をきっかけに皇太子に溺愛されています
次の瞬間――彼は、迷いなく兵士のもとへ歩み寄っていた。

(殿下……!)

思わず息を呑む。

「品物を買ったら、お代は払うべきだ」

低く、はっきりとした声。

兵士が振り返る。

「なんだ、おまえ?」

苛立ちを隠さず、腕を振り上げる。

だが――その動きは、空を切った。

殿下はひらりと身をかわし、逆に距離を詰める。

「このっ!」

次の瞬間には、兵士の懐から袋が抜き取られていた。

「なんだ、これしか持っていないのか」

軽く振ってみせるその余裕。

兵士の顔が怒りで歪む。

「おまえなあ!この町で兵士にたてつくとは!」

「兵士だって、一人の町人だろ」

その一言に、場の空気が変わった。

静まり返った後――ぱち、ぱち、と拍手が起こる。

周囲の人々が、次々と頷いていた。

「ちっ……!」
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