没落令嬢ですが偵察の一夜をきっかけに皇太子に溺愛されています
だから彼が、自ら令嬢をダンスに誘うことはない。

誰もがそれを知っていて、近づこうともしない。

……それでも。私は、その人の前へと歩み出た。

「皇太子殿下」

静かに声をかけると、彼はわずかに視線を落とした。

「君は確か、ヴァルディス家の……」

その言葉の続きに、“没落した家の”とは続かない。

すべてを知っているはずなのに、決して口にはしない。

(やっぱり、優しいお方だわ)

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

「今夜が、私にとって最後の夜会なんです」

「……そうなのか」

短い返事。それでも、確かにこちらを見てくれている。

私は、ゆっくりと手を差し出した。

震えているのが分かる。けれど、引くつもりはなかった。
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