没落令嬢ですが偵察の一夜をきっかけに皇太子に溺愛されています
「最後に、一度だけ……踊っていただけませんか」

その瞬間、皇太子の表情がわずかに止まった。

驚いたのか、それとも――

一拍の沈黙のあと、彼は静かに私の手を取った。

「最後の相手が、俺でいいのか」

低く落ち着いた声。

その問いに、胸の奥が熱くなる。

こぼれそうになるものを、もう止められなかった。

「皇太子殿下の他に、踊りたい方なんていませんもの」

ぽろり、と涙が一粒落ちる。

けれど彼は、何も言わなかった。

ただ、そっと手を引いてくれる。

音楽に合わせて、二人で踊り出す。

彼の動きは無駄がなく、正確で、それでいてどこか優しい。

決して強く引くことはなく、私の歩幅に合わせてくれている。

(ああ……やっぱり、この方は)
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