没落令嬢ですが偵察の一夜をきっかけに皇太子に溺愛されています
ずっと、憧れていた人だ。

一曲が終わる頃には、胸の奥がじんわりと温かくなっていた。

「……もう一曲、踊るか」

思いがけない言葉に、顔を上げる。

「はい」

迷いはなかった。

二曲目の音楽が流れ始める。

夢のような時間は、驚くほどあっという間に過ぎていった。

やがて曲が終わり、名残惜しさを抱えたまま距離が離れる。

「これから、どうするんだ」

不意に問われて、少しだけ言葉に詰まる。

「ああ……奉公先でも、見つけないと」

軽く笑ってみせるけれど、その先の未来はまだ見えていない。

令嬢であっても、働かなければ生きていけない。

家には、もう何も残っていないのだから。

けれど――彼は、ほんの一瞬だけ、何かを考えるように目を細めた。

その視線の意味を、この時の私はまだ知らなかった。
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