没落令嬢ですが偵察の一夜をきっかけに皇太子に溺愛されています
何を、言おうとしたのか。

自分でも分からなかった。

ただ、あの方の顔が浮かんだだけで――

胸が苦しくなる。

父は、そんな私を静かに見つめていた。

そして、そっと肩に手を置く。

「おまえの気持ちは分かっている」

優しい声だった。

「……え?」

驚いて顔を上げる。

父は、少しだけ寂しそうに笑った。

「だがな、リゼリア」

ゆっくりと、言い聞かせるように続ける。

「没落した家に、皇太子妃など務まらん」

その言葉は、優しいのに――

逃げ場のない現実だった。

(……そう、よね)

分かっていた。

最初から、分かっていたはずなのに。

どうしてか、目を逸らしていた。

私は、ただの侍女。

元は公爵令嬢でも、今は違う。
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