没落令嬢ですが偵察の一夜をきっかけに皇太子に溺愛されています
その先の言葉を、彼自身が飲み込んだようだった。

(……言って)

心の中で、願う。

けれど――現実は、それを許さない。

「没落した家に、皇太子妃は務められないと……お父様に言われました」

静かに、言葉を重ねる。

「……っ」

彼の腕の力が、さらに強くなる。

痛いほどに、抱きしめられる。

「それが、現実です」

はっきりと、言い切る。

そうしなければ、自分が崩れてしまいそうだったから。

沈黙が落ちる。重く、苦しい空気。

それでも、彼は離さない。

まるで、失うことを拒むかのように。

(……どうして)

こんなにも強く抱きしめるのに。

どうして、その先を言ってくれないのか。

答えは分かっている。

分かっているのに――胸が、痛かった。
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