愛なき契約結婚のはずが、クールな御曹司の激しい独占愛に堕とされる
「本気で嫌気がさしたら、いつでも見限ってくれていいからな。それじゃ」
父が、スマホを耳から離す。電話は切れているはずなのに、画面を見つめたままじっと動かない。眉根をぐっと中央に寄せた表情は、切なげだった。
私はたまらずドアを開け、父の方へ歩み寄る。
「お父さん」
「ああ、小雪。帰ってたのか」
いつも通りに笑いかけてくれる父だが、私は笑えない。
親が子の幸せを願うのと同じく、子どもだって親には幸せであってほしいよ、お父さん。
「うん。それよりごめんなさい。今の電話、聞こえちゃった」
「……そうか。ま、お前が気にすることじゃない」
「気にするよ! お父さんを想ってくれる人がいるなら、私のことは構わずその人を大切にしてあげて。私、もう二十七だよ?」
「小雪……」
父は私の剣幕に目を丸くしたものの、すぐに優しい目をして笑った。それから、両手をポンと私の肩に置く。
「ありがとな。気持ちはうれしいし、お前がもう子どもじゃないのも、俺が思うよりしっかり者だってのもわかってる」
「だったら……」
「それでも心配するのが親なんだ。お前を放り出したら、俺は絶対に後で後悔する。そんなわけだから、小雪が責任を感じることはない。この話はもう終わりだ。そろそろメシを作らないと」
父はスッと私から離れ、腕まくりをしてキッチンに立つ。
シンクで手を洗う広い背中は『これ以上なにも聞いてくれるな』と言っている気がした。